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その後、今回の設計競技のルールやスケジュールなどについて簡単な説明を受け、あとは雑談になった。担当者と良好な関係を築く上で、雑談が重要な要素になることはこれまでの経験上、井波にもよく分かっていた。
だが誤算の二つ目は、この男が見掛けによらず饒舌だった、ということだろう。
設計競技のポイントとなる、この街の歴史や文化などについて井波がいくつか質問をするうち、男の舌は次第に滑らかになった。調子を合わせたのがまずかった。
人が好い上に歴史好きだと見え、相手は分厚い市史などを取り出してきて説明を始める。そのうち、競技の審査員の顔ぶれなどについても語り出す。どうやらそれが男の自慢でもあったらしく、井波もその名前を聞いたことのある、地元出身の高名な作家が審査に加わるのだ、と教えてくれたりもした……。
お陰で、応接室を出たときは、とうに昼になっていた。
計算では、一時間ほど予定をオーバーしていた。ほど良い時刻に退出し、駅前に戻ってゆっくりと昼食を摂った後、午後一番にはこの街を離れる──。それが、朝からの腹づもりだったのだ。
やれやれ、まいったな──悲鳴を上げだした胃の辺りを押さえながら、井波は市役所の玄関を出た。
とにかく駅まで戻り、その辺りで飯を食おう──いまはそれしか思い浮かばなかった。一時間のロスタイムと空腹が、自分を少しだけ苛立たせ、神経質にしているのが分かった。夕方六時までには東京に戻り、社の展示プランナーと打ち合わせをしなければならなかった。
井波は、タクシーを呼ぶため携帯電話を取り出した。市街地から遠く離れたこの場所からは、他に駅までの“脚”がなかったのだ。
三つ目の誤算は、そこで玄関脇に立っていた守衛に、何気なく声を掛けてしまったことだった。
「ここから電話でタクシーを呼ぶとして、何分くらいで来てくれますかね」
「タクシー? ここから?……」
まるで関西の漫才師そのままといったイントネーションで聞き返すと、守衛は分厚いレンズの眼鏡越しにジロリと井波を見上げた。駐車場の案内をしているらしい、六十年配の男だ。
「そうでんなあ、この時間やったらちょうど昼休みやさかい、三十分は掛かるかも知れまへんなあ」
「三十分……ですか」
思わず溜め息が出た。
そこまで待って乗車したとして、駅まではさらにここから二十分は掛かるだろう。どんなに急いで注文しても、昼飯が食えるのは今から一時間も後になる……。
なんと不便な──畑ばかりに囲まれた辺鄙な場所に立つ、こんな見栄えだけは立派な市役所の建物が、井波には急に恨めしく思えた。
「どこへ行かはりまんの?」
相手の様子が気になったらしく、守衛は中指で眼鏡を押し上げながら訝しげに尋ねた。
「駅なんですけどね」
仕方なくそう答える。
「ああ、駅……なんや、そうかいな」
「はあ」
「駅まで行かはるんやったら、あんた、バスの方がよっぽど安うて便利やで」
「バスですか……」
目の前の分厚いレンズに付いた無数の指紋を見つめながら、井波は急に視界が明るくなるのを覚えた。
「あるんですか、ここから駅に行くバスが」
「あるある」
守衛は、やはりどこかで聞いた漫才師のような口調で答えると、自分の腕時計を覗き込んだ。そして、にやりと黄色い歯を見せてこう言った。
「この時間やったら、ちょうどええのがもうすぐ通りまんがな。十二時二十八分の『市内循環西回り』ちゅう奴や。これに乗らはったら、あんた、駅までは三十分足らずで行けまんでえ。……ああ、停留所はそこの門を出て左に行くとな、県道とぶつかる十字路がありまっさかい、そこを右に曲がってちょっとだけ歩いたらええんです。うん、ちょっと歩くだけ……。今から出なはったら、あんた、時間的にはバッチグーでんがな……」
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バス停の標識は、どこを探しても見当たらなかった。
気を取り直して歩き出してはみたものの、右手のアタッシェケースは重さを増すばかりだ。気温は確実に上がり続けている。井波は顔をしかめながら、白く乾いた道の前後を何度も見回した。
教えられた十字路を右に曲がって、もうどれくらい歩いたのだろう。
枝のない一本道、両側に広がる人気のない野菜畑──。舗道は前方で大きく左にカーブし始め、行く手には遠く小さな木々の群らしい黒い影が見えてきた。
ちょっと歩くだけ──そう言ったさっきの守衛の顔が、分厚いレンズの眼鏡とともに、井波の目の前をちらついていた。
その言葉が事実なら、もうとっくにバス停に着いていて不思議はなかった。十字路を曲がってからここまでの道のりは、どう考えても“ちょっと”の範疇を超えている。これが東京なら、地下鉄ひと駅分は歩いたような気分だ。それともこの土地では、“ちょっと”の尺度が半端ではないのだろうか──。
井波は呻いた。
何かがおかしかった。いい加減、嫌になっている。だいいち、喉の渇きと空腹で、さっきから目眩をさえ覚えそうなのだ。
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