《七日午前九時四十分頃、東京都墨田区京島二の四、アパート「むつみ荘」一〇三号、無職、塩谷サキさん(八七)方で、塩谷さんが布団の中で仰向けに死んでいるのを、訪ねてきたホームヘルパーの酒巻千鶴子さん(四二)が見つけ、一一〇番通報した。
向島署の調べでは、死後二日経っており外傷もないところから、病死の可能性が強いとみている。
塩谷さんは一人暮らしで、七匹の猫を飼っていた。》
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いえ、そのときはもう、すぐにそれと分かりました。顔色がいつもと違うのに、一目で気付きましたので……。
最初はよく眠っているなとも思ったんですが、ふだん、朝は早起きの方でしたからね、すぐにピンと……。ええ、意識は全くありませんでした。急いで私もそばに寄り、名前を呼んだり手の甲をつねったりしてはみたんですが、もう何の反応もなくて……。脈も呼吸も完全に停止の状態だったんです。
そんな苦しんだような跡もなく、ええ、ほんとにきれいなお顔でしたよ。ただ……、誰もそばに付いてあげられなかったのがねえ。塩谷さんお一人で寂しかったんじゃないかと、私、それだけが残念でならないんです。
ご親族ですか?
ご主人はもう四十年ほど前に亡くなった、と聞いていました。若いとき福岡県の田川という所から一緒に出てきて、お二人で川口の鋳物工場で働いてらしたそうです。なんですか、ずいぶん苦労されたとかで……。そうですねその頃のお話は、もう数え切れないほど伺ってましたわ。お年寄りの昔話のお相手をするのも、私たちの大事な仕事の一つですからね。
子供さんが五人いらして、そのうちの娘さんがお一人、結婚して国分寺の方に住んでいらっしゃるとか。ええ、ここのお家賃や私たちの介護センターへの費用も、みなその方が……。いえ、私はお見掛けしたことはないんです。塩谷さんもその娘さんのことはあまり……。ただ、お孫さんにはとても会いたがってらっしゃったんですけどね。
私は週に二度お訪ねして、ここのお掃除や洗濯、それにお買物などをするのが仕事でした。
塩谷さんは手の掛からないおばあちゃんで、右足が少しご不自由だった以外は、本当にお元気でしたわ。痴呆もなく、トイレや入浴なども自分でなさってましたしね、ええ、食事の支度などもみんな……。
私が来るのをいつも嬉しそうに待ってて下さって、ほんとにまだまだお元気で、安心していたんですけどねえ。それだけに、いろんな相談や愚痴をもっと聞いて差し上げればよかったと……。あの方、猫を可愛がっていらして、話し相手といえば私の他は猫ちゃんだけでしたからね。でもあの子たち、あれからどこへ行ったのかしら……。
そうですね、養護老人ホームへの入居を、だいぶお勧めしたこともあったんです。なにぶんご高齢でしたし、設備や人手の面でもあちらの方が安心ですから。ただ、ああいう所はたいてい相部屋ですのでね、塩谷さんはそれを嫌がっていらっしゃいましたわ。自分はまだ体も動くし、一人暮らしの方が気楽でいいと。それに……。
いちばんの理由は髪でした。ええ、髪の毛。
おばあちゃん、あの“施設カット”が嫌だと仰って──。ほら、男性も女性も同じように周りを刈り上げる、短い髪形のことです。ホームに入ると、どうしてもねえ。
肩まで伸びた髪を、毎朝ゆっくり櫛で梳かすのが、あの方の日課だったんです。そこの鏡を覗きながら首をこう少し傾けて、本当に愛おしそうに、丁寧にていねいに……。
もちろんもう真っ白なんですが、でも、何かの風でふとそれが揺れたときなど、思わずドキリとするくらいの艶やかさがありましたね。特に、櫛を使いながらときどき後ろの私に話しかける仕草が、どうかすると童女そのままに見えたときも……。いえ、本当なんですよ。こうやっていつも少し恥ずかしそうに私に笑いながら、ゆっくりと、それはもう丁寧にていねいに……。
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暮れ始めた空の中に、遠く連なった二天山の影がぼんやり溶け込もうとしている。蜜柑の色を残したその山際の輝きを、頭上いっぱいに広がる銀色の空が、徐々に奪い取って行くようにも見える。
のどかな春の一日の終わり──。
どことなく一面に霞んだ視界の片隅には、あぶり出しの絵のような落日が、静かに消え去ろうとしていた。
「ひもじゅうなったろう、サキ」
新緑の吹き出した柿の木の下で、広げた筵の上から姉のセンが、母によく似た口調で言った。集めたレンゲの束を並べる小さな手が、最後の夕日の色をかすかに反射している。
「もうすぐ、帰って来なはるけんな」
七歳のセンはこのごろ、自分がサキのお守り役であることを、ようやく自覚してきたようだ。その言葉にこくんと小さく頷くと、無言のままサキは、姉の脱いだ草履の辺りを少し眩しそうに見つめた。
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