No.
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展示物の名称
大阪万博の置き土産 |
出展者
谷田 雄一郎 |
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■和歌山市の谷田です。先日、押入のすみを整理していたら懐かしいものが出て参りましたので、ぜひこの博物館に展示して頂きたいと思い、投稿いたしました。どうしてこんなものを捨てもせずとっておいたのか、自分でも分かりません。しかし、今となってはあの時代を映す貴重な資料、とも言えるのではないでしょうか。もっとも、これを自慢のタネにしようとは思いませんが。
1970年の大阪万博を覚えておられる方も多いと思いますが、私の出展物は、そのときのソ連館で貰った「ソ連邦」というパンフレットと、レーニンの顔をデザインしたバッジです。ソ連と言っても、いまはもうロシアやウクライナなどに細かく分裂し、跡形もありません。しかしあの頃のソ連は、紛れもなく強大な力を持ち、アメリカと勢力を二分する大国だったのです。宇宙開発ではアメリカをしのぎ(写真に写っているのはあのガガーリンです)、自由で平等な労働者が社会主義のおかげで豊かに暮らす国…。うまいことばかりが書いてあります。実態がそうでなかったのはその後の歴史が証明していますが、あの大阪万博の頃が、思えばソ連の一番良い時代だったのかも知れません。と言っても別に、当時18歳だった私がソ連や社会主義の信奉者だった訳ではありません。ソ連館に入ったのは、長い行列が出来ていたアメリカ館などに比べれば、比較的空いていたからでしょう。このパンフレットやバッジを大事にとっておいたのも、他のパビリオンではあまり良いものを貰えなかったせいかも知れません。
あれから30年が経とうとしています。20世紀ももうすぐ終わりです。何気なくパンフレットをめくっていると、まだ子供だったあの頃の自分や、高度経済成長期だった日本の社会の風景が、懐かしく思い出されます。でも、あのときのソ連の隆盛とは何だったのでしょう? 大阪万博の狂騒とは、いったい何だったのでしょう? どなたか教えてくれませんか。
こんにちわ〜、握手をしよう〜。ほんとうにあのときの大阪万博の大騒ぎは、いったい何だったのでしょう。そう言えば「太陽の塔」って、どこへ行っちゃったんですか? なに、まだあそこに立ってる? |
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