1985年5月12日
東岡崎の駅前から、ガラガラのバスに1時間ほど揺られて着いた山間の町、そこが足助。中馬街道沿いに細く長く伸びた、鄙びた集落だ。紅葉の名所・香嵐渓に近く、足助川が町のすぐそばを流れている。新緑に覆われた辺りの山々からは、むせ返るような栗の花の匂いが漂う…。
 通りでふと見つけた夢のような本屋は、マンリン書店。堂々たる蔵造りの建物に、「典籍」と大書された看板が、通りを睥睨しているよう。「本」という箱形の看板のデザインも格好よく、なにかこの町の歴史が凝縮されたような趣の本屋だが、さて、少年はひとり店先で何を読む?
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鮎の甘露煮の定食で昼をすませた後、ぶらぶらと足助の町を歩く。狭い道の両側には、旅籠風の古い家々が続く。舗道の照り返しがアッパーカットのようにきつい、顔がヒリヒリするほど暑い日だ。
白壁の蔵を見るなら、晴れた日に限る。今日は、蔵見日和とでも言うべきか。うーん、まったく良い季節に来たものだ…。
 噂のマンリン小路は、両側を高い白壁の土蔵に挟まれた、谷間のような小道。傾斜のきつい坂道を登ると、汗がどっと噴き出した。一歩踏み出すたびに、異次元の世界に入って行く気分。もっとも、子供が駆け下りるには、ちょうど良い坂だろう。
足助川沿いにどこまでも続く中馬街道。中馬とは、馬による物資輸送のこと。かつてこの道を黙々と、塩俵を積んだ荷駄の列が信州へと向かったことだろう。左の豪邸は小出家。
「左せんこうち(善光寺)、右ほうらいち(鳳来寺)」と彫られた道標。弘化2年のものだとか。さらに下の方にも文字があるらしいが、モルタルで塗り固められていて読めない。良いのかなあ、こんなことして?
 信州方面への「塩の道」として知られる中馬街道(伊奈街道)と、鳳来寺方面へのルートの、分岐点にあたる足助の町。往時は物資の中継地として、宿場町として、大いに栄えた歴史を持つ。山間の小さな町には不似合いなほど、見事な土蔵が多いのはそのせいか…。
山間を流れる清流、足助川。その川沿いに細長く伸びた町が足助。釣り好きの人が住んだなら、毎日が天国だろう。だが、大雨の日はちょっと怖い。こんな場所にこんな町が存在していること自体、少し不思議な感じだ。

かつての宿場町の名残なのか、せまい通りには数軒の古びた旅籠が、いまも残って営業を続けている。この三島屋は、中でも風情のある建物の一つ。軒下の看板の文字が読めないほど、年季が入っている。ちょっと泊まってみたい気もするが、一泊いくら程度なのだろう?

 五月の日差しはちりちりと強く、古びた土蔵の白壁がやけに眩しい。足助川で魚を釣るオヤジの白いシャツの背中も、びっしょりと汗に濡れているようだ。ここはもう、すでに初夏。
 これからどこへ行こうか…。呟いてはみたものの家並みはやがて尽き、あとは無人の細い道が続くばかり。道を尋ねる人影も見つからず、結局、来たときと同じガラガラのバスで、黙って山を下りるしかなかった。


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