1986年5月12日
ガラガラに空いた南海電鉄の電車で和歌山県の橋本に出、そこから国鉄(当時)和歌山線に乗り換え、昼の12時頃に奈良県五條市に着く。山に囲まれた寂れた町という印象だが、ここは古くから大阪と紀伊を結ぶ交通の要衝として栄えた歴史を持つ。また幕末に血の雨を降らせた、天誅組挙兵の地でもあるのだとか。そう言えば子供の頃、小説で読んだことがあるな。“てんちゅ〜っ!”。
 
 駅前の中華料理屋で酢豚定食をたいらげ(うまかった)、午後1時少し前頃、店を出てブラブラと町を歩き始める。車の多い国道168号線を経て、緩やかにカーブした一本の細い通りに入ると、そこはもう旧紀州街道。思わず自分の目を疑うようないにしえの町並みが、静かにどこまでも続いていた…。
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思わず引き込まれるような、美しいカーブ。旧紀州街道への入口だ。ここから先は本町から新町にかけて、古い家並みが延々と続いている。違う時代が息づいている。
狭い道の両側には古い家々が並ぶ。ここは一階が格子の窓、二階が白漆喰塗りの蔵造りという構造。通りを奥に進めば進むほど、こんな美しい建物が次々に現れる。
それにしても今日は暑い日だ。建物の陰影は濃く、道路や空は白く目映い。すれ違う誰もが顔をしかめて通り過ぎる。この坂の途中の家も、まるで白昼の蜃気楼のように浮かんで見える。
まるで、小さな眼のような可愛い虫籠窓。つし二階の黒漆喰塗りの壁に、白漆喰で縁取りしたデザインが効いている。縦線と横線ばかりの構図の中で、キュートな曲線がよく目立つんだよなあ。
 これぞ、シブくてお洒落で小ぶりという、三拍子揃ったジャポネスク!

かつては天領だったという五條。その町並みには、江戸期の建物が数多く残されている。南大和の中心的な市場町・宿場町として、大いに繁栄したという証しなのだろう。
それにしても、この通りはまるで長いタイムトンネル。歩くごとに違う時代に踏み込んで行くような、奇妙な感覚に全身が包まれる。向こうからやって来る老婆さえ、すでにこの時代の人ではないような…。いにしえの町が見せる白昼夢とは、このことだろうか。でも、「あんたが来るのを待ってたよ」なんて、不意にそんなことを言われたらどうしよう…。

 約1kmにおよぶ旧紀州街道の旅を終えると、そこはもう隣の駅だった。まさに現代への帰還とでもいった感じ。この暑さの中を歩いたお陰で、全身がすっかり汗まみれだ。冷えたスポーツドリンクが喉にしみた。
 この後、五条駅に戻り2時頃の電車で東京への帰途につく。土産はもちろんこの地の名物「柿の葉すし」。脂ののった鯖を酢飯に乗せ、柿の葉で包んだこのすしは、とにかく最高に美味かった!


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