1996年5月20日
稲荷山は電車で行くには不便な町だ。なにしろ、最寄りのはずのJR信越本線の屋代駅からも、遠く離れた位置にある。昨日は甘く見たのが大間違いで、えらく歩かされてしまった…。
 駅に着いたのが夕方の6時半。それから、市街地を抜け千曲川に掛かる橋を渡り、延々歩くこと約30分。薄暮の稲荷山の町にたどり着いたときには、もう午後7時を過ぎていた。さすがにこれは脚に来る。泊まったホテルに温泉の露天風呂がなかったら、とても救われないところだったね。はぁ〜。
 
 翌日の朝はどんよりとした空模様。「蔵の町」と呼ばれる稲荷山は、人影の少ない田舎町だ。車がいやに多いのは、やはりそれが生活に欠かせないせいだろう。重厚な造りの蔵がいまも多く残るのも、この町が鉄道から外れ、かつての繁栄を失って衰退した歴史を物語っている。
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裏通りに様々な蔵が点在する稲荷山。上杉景勝の築いた城下町として生まれ、後に宿場・商業地として栄えたという。「土蔵の路」には漆喰壁やなまこ壁の豪壮な蔵が、胸を張って立ちならぶ。

この立派な門の整骨院は、かつての本陣だという。骨折くらいはすぐに治ってしまいそうな頼もしさだ。中で治療する人は、やっぱりチョンマゲを結っているのだろうか。

道路を跨いで立つ巨大な鳥居。額には「治田神社」と書かれているが、どこにも社殿など見えない。たぶん、この道の遙かな先に、とてつもなく豪華絢爛たるお社が在しているのだろう。うーん、見てみたい。

信州の山々も白く霞んで見えるほどどんよりとした空。が、暑くはない。蔵を訪ねての裏通りのぶらぶら歩きには、こんな日もまた相応しいのかも知れない。
土壁に刻まれた子供の落書き。みえこ、ひろき、みつこ……いまはどんな大人になったのだろう。都会ではもう見られなくなった、懐かしい風景がここにある。どこかから、子供の声が聞こえてきそうだ。
細い路地裏の薄暗い空間にも、「蔵の町」の情緒が漂う。何と言うこともない生活のための小路だが、毎日ここを行き来する人々の姿や、走り回る子供達の足音が、なんとなく伝わってくる。それはきっと、この空間と同じ色の陰翳と優しさを含んでいるのに違いない。ここには、懐かしい匂いの時間が流れている。
 
 午前10時半頃、稲荷山を発つ。が、それにはまた屋代駅に戻るしかない。やれやれ。バスを待つのも億劫なので、思い切ってタクシーに乗る。昨日30分歩いた道が、帰りはわずか5分。あっという間に駅に着いた。まこと、車とは便利なものだ。反面、稲荷山に住む人たちは、さぞ鉄道のない不便さを感じていることだろう。もっとも、もしずっと昔に鉄道が通っていたとしたら、町の歴史も景観もずいぶん今とは違ったものになっていたはずだが…。


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