1989年4月26日
映画「思えば遠くへ来たもんだ」の舞台となった角館。主演の武田鉄矢扮する熱血教師の活躍は、いまも記憶に残っている。マドンナ役のあべ静江や熊谷真実も、可憐だったなあ。そう言えば乙羽信子や植木のダンナも出ていたっけ。あの頃は何となくぼんやりと、北国の遠い古都の話と思っていたのだが…。
 
 大曲から田沢湖線で秋田の小京都・角館に着いたのは、午後1時頃のこと。それにしてもわずかな距離なのに、特急料金が恐ろしく高い。これは暴利だ。列車の本数の少なさを、料金でカバーするつもりなのか。くそ覚えておれJR、とひとり呟きつつ駅舎を出、気を取り直し町なかへと向かう。15分ほど歩くと、見事な武家屋敷が建ち並ぶ表町に着いた。
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芦名・佐竹両家の城下町として花開いた角館は、藩が戊辰戦争のとき官軍側についたお陰か、美しい家並みを焼失することもなく今に残している。奥羽諸藩に攻められ戦況が悪化した際には、肥前鍋島藩を始め多くの九州からの援軍がこの地を守った。戦死した西国の兵士たちはいまも、この町の官軍墓地で篤く弔われているのだとか。様々な歴史を経て、角館のいまの姿があるのだね。
 それにしても、この青柳家の文庫蔵は美しい。間違いなく日本の名蔵ベスト10に入るはずだ。
内部を公開している家の多い武家屋敷群。鬱蒼とした感じの小田野家の庭は、何やら森の中の一軒家といった風情だ。さぞや夜は恐ろしかろう…。
どの屋敷も、競うように見事な蔵を持っている。その大きさ、美しさ…。施された彫刻や屋根を支えるディテールの巧妙さには、どれも感心するばかりだ。色んな意味で、ここが豊かな藩だったことが偲ばれる。
豪壮な屋敷が並ぶ通りから少し奥に入った裏道に、小ぢんまりと遠慮がちに立つ松本家。ここは下級武士の住居だとか。この辺りに来ると団体の観光客の姿もあまり無く、一人歩くととても得した気分になる。やっぱり旅はこうでなくちゃ。
中ではただ一人、小林亜星によく似た主人が、黙々とイタヤ細工という木製品を作っていた。なかなかのナイフさばきだ。でも、ちょっと不機嫌そう。他に客もいないので激励の意味を込め、まだ出来たばかりのキツネの人形を1個買う。喜んでもらえたかな?

広い庭、うっそうとした巨木。黒板塀に囲われた表町の古い屋敷はどれも、寡黙な北国の武士のように凛として立っていた。そして生きていた。ここはいまも、人の住む生活の場なのだ。電柱も看板もない。研ぎ澄まされた日本刀の刃のような時間が、ゆっくりと静かに流れるまち。角館は間違いなく、現代の日本でもっとも優美な家並みを持っている。
 惜しいことに武家屋敷通りの枝垂れ桜は、すでに盛りを終えていた。その代わり、桧木内川堤の桜並木はちょうど満開。やったね!だ。流れに沿って湾曲した土手の上を、ピンク色の雲が延々と続く。まさに絶景だが、花見客の姿が今ひとつ少ないのはなぜだろう?

 3時54分発の盛岡行き特急に乗るため、角館駅に戻ってくると、狭い改札は下校の高校生で溢れていた。青臭い東北弁が、ひしめき合い行き交う。こんな所でナマの東北弁をがやがや聞くと、やはり「遠くへ来たもんだ」と言う感じがする。なんたって、本物の東北弁なんだもの!


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