1984年9月2日
磐越西線の各駅停車で会津若松から喜多方に着いたのは、昨日の午後7時頃。ビジネスホテルで一泊した翌日の朝は、穏やかな薄曇りといったところか。ときどき日が射したりするのが、思わせぶりなのだ。ホテルの朝食を腹いっぱい胃袋に詰め込み、9時半頃街に出る。

 「蔵の町」といえば栃木や川越が有名だが、その上に「会津の」が付くと、出てくる名前はまずここ喜多方。なにしろ、町中に2000〜3000の蔵があるというから驚く。明治13年の大火をきっかけに、競うように建てられたというそれらの蔵は、まるで建主の自己主張を代弁するかのように、実に様々な顔をしている。町中が蔵のミュージアムといっても、過言ではないほどだ。
 市街地の北にある甲斐本店は、驚くほど大きな家。有料で内部を公開しているが、豪華な黒漆喰の蔵に広い庭、テープでの説明もあれば点茶もあって、おまけに土産物まで売っている。どこまでも豪気な商家なのだ。ああ、羨ましい。
[地図を見る]
南町通りには、様々な店蔵が立ち並ぶ。漆器や味噌・醤油、酒などを商う店々はそれぞれ特徴があり、それらの建物をぶらぶら眺めるだけでも、この土地の豊かさを味わうことが出来る。
どこまでも続く、巨大な島新商店の蔵。ひんやりとした木々の影とかすかに漂う便臭が、懐かしいセピア色の空間を作り出す。ここはまるで横溝正史の世界だ。
おお、日本が開発した世界初の木製ロケットが道端に…。その正体は、うわー下駄の塔。こんなとこに、こんなものがあるなんて!
 会津は桐の産地。箪笥や琴、下駄など伝統工芸品の店が、町のあちこちに点在する。2階を資料館にしている店もある。そう言えば気のせいか、空き地には桐の木も多いようだ。
一寸の虫にも五分の魂。巨大な蔵に挟まれるように立つ小さな蔵造りの店、その名は「歴史商店」。しがない煎餅屋さんらしいが、あまりに気宇壮大な名前に感動して、思わずシャッターを押す。
裏通りの住宅街にも美しい蔵が…。住居として店として、蔵はいまもこの町の生活の中に活きている。
 喜多方のもう一つの顔が「ラーメンの町」。昼食に入ったラーメン店では、地元の客に負けぬよう、奮発してチャーシューメンを注文する。太い麺にこってりした醤油味のスープは、けっこう満足感があったね。

町を歩けば至るところ蔵に出会う。中でも目立つのが煉瓦造りの蔵。明治30年代に岩越鉄道(のち磐越西線)の工事需要を見込んで、近郊の三津谷に煉瓦工場が出来てから、この地方に煉瓦造りの建物が増えたという。
 圧巻なのは、若喜商店の蔵だ。日本瓦の屋根にがっしりした煉瓦の壁という、和洋折衷の不思議なデザインが決まっている。おまけに堂々たるバルコニーもあり、ハイカラ度は抜群なのだ。その昔、大事なお客が来たときは店主がここに案内し、自慢の庭を見せたりしたのだろうか…。

 不機嫌な空はなかなか微笑んではくれない。午後になって時折、雨がぱらつき出す。蔵造りの寺、安勝寺の本堂の庇に逃げ込み、しばし雨宿りをする。雨の中、広い境内に時々急に日が射したりする。妙な天気だ。どうやら今日は、“狐の嫁入り”の日だったらしい。


分布図と目次へ 前のページへ 次のページへ