1987年3月22日
望月宿から中山道を西に30分てくてく歩くと、本街道から脇に外れた間(あい)の宿、茂田井に着く。小さな村なのに何故か驚くほど豪邸が多い。暖かな春の日差しの中に忽然と現れた、幻の集落とでも言うのか。通りに人影はない。そして、何処からともなく漂ってくる酒の匂い。脚が自然に吸い寄せられて行く。なんだか狐に摘まれてでもいるようだ。
 しかし、この武重酒造の蔵のまぶしさはどうだ。緩やかにカーブした道に沿って続く、長い長い白壁。歩くごとに酒の匂いは、あたりに満ち満ちて行く。気が付けば門の入口には杉玉にしめ縄。そうか、新酒の季節なのだ。冬から春にかけ、蔵人たちによって造られた酒は、樽に詰められ酒蔵の中で秋まで貯蔵される。白壁の向こうでは、ちょうどいま忙しい作業が続いているのかも知れない。
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茂田井宿の入口に立つ道標。そばの立て札には、こう書いてある。
「江戸時代、茂田井は望月宿と芦田宿の中間に設けられた間の宿で、文久元年(1861)和宮御下向の際は、十二軒が御弁当宿となった。現在も豪壮な構えの家が立ち並ぶ古色豊かな集落である」
 どうやら、皇女和宮の行列もここを通ったらしい。中山道は“姫街道”とも呼ばれるが、同じ江戸・京都の間でも、川の多い東海道を避けた女性の旅人が、よくこちらを利用したためだとか。
武重酒造の見事な門構え。白い漆喰壁の蔵に注連縄のついた杉玉、屋根の上の松の枝振りもよく手入れされていて、パーフェクトな構成だ。ちょっと入りづらい。
重なり合う甍と連続する格子。重厚な構図だ。白い漆喰壁に千本格子といった洒落た造りの多い茂田井の民家は、鄙びた風情ながらもどこか垢抜けている。間の宿として栄えた歴史が、見えないところに漂っているよう。
歩くほどに、これでもかと言うほど次々と現れる豪壮な民家。武家屋敷を思わせる造りの家もある。不思議なんだよなあ、こんな田舎の集落なのに…。
ここのもう一つの造り酒屋、大沢酒造のズタズタになった蔵の壁。まだ肌寒い3月の信州の風を、どーんと無言で受け止めていた。来るなら来て見ろ。まこと、男の中の男といった心意気。

坂の上に登ると、遠くに雪の残った連山の頭が霞んで見えた。青い空、透明な日の光。そして、大沢酒造の門の上にも、大きな杉玉が…。誘われるように中に入る。
 内部は、一階が酒の工場と製品の展示場、二階が民俗展示室といった造り。全身で酒の香りに浸りながら、ゆっくりと見て回る。実にいい気分。展示場では、ここで造った酒類の他にザザ虫や蜂の子の缶詰といった、いかにも信州らしい特産品も並んでいた。これを買うべきか、買わざるべきか…。買っとけば良かったと思ったのは、東京に帰ってからだった。

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