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1987年3月22日
◆小諸発の千曲バスで着いた昨夕の印象が嘘のような、晴れ渡った朝の望月宿のメインストリート。黄昏の寒風の中、昨日見たあの暗く侘びしげな町の表情は、いったい何だったのだろう。おお、この爽快さ! 道を渡るおばあさんの腰も、シャンと伸びている。
中山道の宿場、望月は、文化元年には本陣や脇本陣の他に、旅籠が29軒もあったという町だ。かつての面影を偲ばせるように、いまも数軒の昔風の旅籠や古い土蔵などが、通りの両側に点在している。またここは、古代から駒の産地としても知られたところで、そういえば辺りには「牧」のついた地名が多い。春風駘蕩。寂れた中にも、どこか華やかだった頃のかけらが残っている町…。
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| ◆柔らかな日の当たる古い民家。年を経た木肌の色と、連続する格子の陰が美しい。門の前で日向ぼっこする番犬も、のんびりと気持ち好さそうだ。何かの広告らしい垂れ幕が、ちょっと目障り。 |
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| ◆「やまとや」という看板の掛かった、かつての旅籠兼問屋の真山家の建物は、いま重要文化財。大きくはないが、端整で重厚なファサードを持っている。内部はかなり奥深そうだ。 |
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◆一階より二階が張り出した出桁(でげた)造りは、宿場独特のもの。腕木に彫られた奇妙な形は、何を意味するのだろう。この辺りの古い家屋に共通するデザインだ。二階の櫺子格子も美しい。細部が凝っているのだね。 |
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| ◆誰にも顔がある。蔵にだって顔がある。それも、ちょっととぼけた顔…。そう、どう見てもこれはフグだ。小さな目と口の形が、抜群の表情を見せている。 |
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| ◆大型で豪壮な造りの多い望月の町家だが、空き家もまた多い。二階の破れた障子の奥からは、誰かが通りを覗いているような…。時代の非情な波が、この町にも遠慮なく押し寄せているらしい。 |
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◆春霞の中に溶け込むように、どこまでも続く望月の家並み。中山道を覆ったアスファルトが、熱い飴のように白く輝く。この道は江戸から木曽路を越え、京まで続いている。
振り返れば、かつての宿場の賑わいをなんとなく思わせる、同じような造りの小さな家々が並んでいた。この透視図の焦点には、何があるのだろう。欠けた櫛の歯のように、ところどころ無惨に空き地になった建物の跡が痛々しい。無粋な電柱ばかりが、馬鹿に規則正しく並んでいる。はたしてこの町に、美しい家並みが復活する日は来るのだろうか…。
さらば望月、再生を祈る! この後、次の宿場、茂田井に向かって中山道を西に歩き始める。陽はまだ中天に届かない。 |

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