1986年10月11日
「海のある奈良」というロマンチックなキャッチフレーズに惹かれて、やって来たのが福井県の小浜。敦賀から乗り換えた小浜線で約一時間、とっぷりと暮れた駅に着いたのが昨日の午後6時頃のことだった。

 一夜明けた小浜の朝は雨。このところ毎年、秋に旅をすると必ず雨に祟られる。腹が立ったので、コノヤローとばかりホテルのスリッパをベッドに投げつけ、その足で1階に行き、レストランで鯵の開きの朝飯を食う。半ばやけくそだ。チェックアウトぎりぎりまで部屋で粘り、10時頃ホテルの玄関を出るとあら不思議、雨は見事にやんでいた。スリッパが効いたのだろうか。だが、気分はいい。
 濡れた道路。雲間から見えかけた青空。うら寂しい土蔵や家々の間からは、光る海が見えた。人々の言葉にも漁港らしい荒々しさなどはなく、品がある。この街にはやはり、どことなく寂れた古都の面影があるのだ。
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雨が上がったばかりの濡れたアスファルトに、家々の影が映る。明るくなり始めた空が、笑っているようだ。こうしてみると、旅先の雨も悪くはない。
かつて遊郭だったという三丁町を歩く。この辺りは水上勉の小説の舞台にもなったところ。少し湿った朝の光の中に、いまも美しい千本格子や洒落た手摺などを持った、小さな家々が続く。何とも言えない雰囲気があるね。
下は紅いベンガラ格子、上は丈の低い窓、という造りの家が一般的。全体の軒の高さも低く間口も狭いので、表からは小さな家ばかりに見える。だが実際は、どこも奥行きがかなり深いのだろう。ちょっとだけ、中の造りも見せて欲しいものだ…。
二階の障子の窓には、ちょいと洒落た手摺り。道路から手の届くような近さだ。そこに腰掛けた粋なお姉さんから、声をかけられてみたいような…。
低気圧は急ぎ足で通過したらしい。雲が切れ、嘘のように青空が広がりだした。波も静かな小浜湾をしばし眺める。かつて大陸文化の玄関口として賑わった、栄光の日々もあったと言うのだが…。

京都寺町今出川から、若狭の小浜までは二十五里(約98キロメートル)。二つの地点を若狭街道が結んでいる。昔から若狭の海でとれた鯖は、塩をふられ、この山間の道を通って京や奈良へと運ばれた。小浜は、都との深いつながりの中で栄えてきた、古い歴史を持つ街なのだ。そう言えば、あのとろけるように美味い奈良の柿の葉寿司の鯖は、ここから運ばれたものなのだろうか。

 秋の柔らかな日差しが、土壁を鮮やかな色に照らしている。上品だが、華やかで暗い過去を持つ老婆。そんなイメージの小浜の街を代表するような古い住居だ。人が住んでいるようには見えないのが、ちょっと気がかりだが…。ま、ここで心配してもしょうがないか。
 「海のある奈良」、やっぱり泣かせるフレーズだなあ。


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