1996年5月19日
どんよりとした薄曇りの空は、ぶらりと旅に出るには少し重すぎる色だ。上野からJR高崎線快速電車で1時間半。高崎まで1,850円は安い交通費だが、車窓の景色も値段通りと言うべきか。驚いたのは、そこから上州福島までの上信電鉄。わずか30分のボロ電車の乗車賃が、590円とはまいったね。

 上州福島駅でもらった地図を頼りに、そこから小幡へと歩く。が、この地図がまたクセ者。近いと思った目的地に、なかなかたどり着かない。30分ほど歩いてやっと「城下町小幡」という看板が見えたときには、ヘナヘナ全身から力が抜ける思いがしたっけ。出鼻にくらったストレートパンチ2発は、ホントに効いた。
 小幡は織田信長の次男、小幡藩主・信雄以来の城下町。雄川堰と呼ばれる古い水路に沿って、数件の武家屋敷がいまも残っている。今ひとつ印象が地味なのは、このお天気のせいだろうか。葉桜の並木が美しい静かな町だが、夏は蝉時雨がうるさそう。
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雄川堰は、「日本名水百選」にも選ばれた町のシンボル。かつては城下の名園に引き込まれ、武家屋敷を潤し、庶民の生活用水として利用された、清らかな水路だ。一時期、排水などで汚れたが今は再び見直され、昔日の姿を取り戻した。
いかにも武家屋敷らしい入口、山田家の「喰い違い郭」。大勢の敵に一度に攻め込まれないよう、鉤型に曲がった石垣が面白い。河原の石を積み上げたような造り方も特徴的だ。

桜並木に沿って、旅籠らしい造りの建物が二軒並んでいる。二階の窓には風流な手摺り。この町に残る、数少ない古い町家と言えよう。雰囲気は悪くない。

信州屋という旅籠風商店の二階の戸袋には、「腹調丸」と大書された古い看板が…。名前からして、どうやらこれは腹薬か。赤い提灯の絵がどこか意味ありげだ。信州屋右隣の茂木館は、現在も旅館業を営んでいる。
城下町小幡の家並みを取り巻くのは、一面の農村地帯だ。白く乾いた畑の土。丈の低い桑畑の青い葉々の向こうに、遠くマユ蔵らしい建物が見えた。ここはどうやら、養蚕や製糸で栄えた土地らしい。
松井家住宅は、江戸時代の名主だった家を移築・復元したもの。茅葺きの堂々たる造りで、内部を無料公開している。縁側では、何かの売り子らしい3人の地元のオバさんが、仕事をサボりお喋りに熱中していた。
 中に入ると、内部は驚くほど広く、黒光りする梁や建具と白い漆喰壁の対比が美しい。磨き込まれた床板の艶もみごと。座り心地の良さそうな囲炉裏には、年代ものの鉄瓶がズシリと重たげに下がっていた。室内のいたる所に潜む、深みのある陰影。ちょっと住んでみたくなる、魅力的な家だ。

 小幡を離れたのは午後3時頃。この季節のさわやかな青空はついに顔を出さなかった。町歩きの記憶は、後になり時間を経てジワッと蘇ってくるもの。が、その印象の濃淡が当日の天気と深く関わっているのは、間違いなさそうだ。

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