1993年4月18日
人は桜の咲く季節になると、どうして心が落ち着かなくなるのだろう。春の陽気に誘われるように、また旅に出た。大垣からの北陸本線で福井に着き、県庁のある福井城址の満開の桜を堪能した後、越美北線の1輌しかない電車に乗り換え、やって来たのは北陸の小京都と言われる越前大野。
 ここは、金森長近が天正4年に築城して以来の城下町。観るべきものの多い歴史の町なのだ。また湧水にも恵まれ、市内には透明で冷たい水をたたえた泉や水飲み場が、いくつも点在している。
 昼食にジャンボいなりを3個食い、休む間もなく苦しい腹を抱えながら、七間通りを歩く。花曇りの空の下、朝市で有名な広い通りには、良く手入れされた町家が静かに並んでいた。通りはどこまでも一直線。ここは、京都に模して碁盤目状に区画されているので、歩きやすい町なのだ。
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表通りを歩いても裏通りを歩いても、この町では迷うことはない。碁盤目状に整備された通りは、南北に走る通りが一番、二番…で、東西の通りは六間、七間などと名付けられている。実に分かり易い。
七間通りと四番通りの角にある南部酒店。この通りでひときわ偉容を誇る建物だ。蒸し暑い日に、店先の氷の彫刻が心憎い。こんなサービスをしてくれる酒屋なら、きっと良い酒を造っているのだろう。
大野の町は、至るところ桜が満開。北陸の開花は、やはり東京よりかなり時期が遅いようだ。
 この後、“越前の太守”と呼ばれた朝倉義景の墓所を訪れる。織田信長に本拠地・一乗谷を攻められ、逃げのびた義景は、この地で腹を切ったのだ。あわれな男の墓の周りでは、盛大な花見の宴が開かれていた。
コンクリートで復元された大野城天守閣から、春霞のかかった城下を眺める。下の方では満開の桜も、山上ではまだ一分咲きというところか。霞の向こうの山々は、まだ雪が目立つ。
城下町の東端を南北に伸びた通りは、古い寺々がずらりと並ぶ寺町だ。越前は伝統的な浄土真宗の王国。親鸞上人の講話などという張り紙があったりするのも、土地柄を表している。ナマンダブ、ナマンダブ。
この寺の門前に建てられた半月形の石碑は、いったい何だろう? 「三界の萬(よろず)の霊は等し」とでも読むのだろうか。違うだろうな。まあ、古いことは古そうだが。 

陽が射してきた寺町界隈をひとり歩くと、全身が汗ばんでくる。驚くのは、どの寺もあでやかな桜の古木を持っていること。それも、真っ盛りの花びらを、これ見よがしに枝に散りばめた桜ばかりだ。それらの花の色が、モノトーンの構図の中で、妙に艶めかしく見えるのはなぜだろう。

 それにしても、この町で出会う北陸の女性達は、誰もみな気さくで親切だ。これも人徳のせいなのか。やはり旅先で道を尋ねるのは、女性に限る。
 最後に、市立の歴史民俗資料館に入り展示を観る。一巡りし、ミュージアムショップで土産物を物色していると、なんとお店の女性が御茶を点て、「けんけら」という名産の御菓子と共に出してくれた。うーん、美味! おまけに相手は妙齢の美人。ああ、もういつ死んでもいい。この嬉しい想い出と、つい買ってしまった「けんけら」を土産に、この後、爽やかに大野を離れたのだった。


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