1991年6月28日
紫陽花の季節。晴れた日を選んでふらりと東京を発つ。と言っても行く先は、すぐ隣の千葉県だ。
 JR錦糸町駅から内房線で五井に向かい、そこから小湊鉄道・いすみ鉄道と乗り継いで、房総半島のほぼ中央部、大多喜に着いたのが炎天下の午後2時。途中、車窓の景色は、東京を離れる距離に比例して、緑の影が濃くなって行く感じ。わずか2時間ほどの移動で、こんなのどかな世界に着いてしまうなんて…。

 本多忠勝が開いた十万石の城下町・大多喜は、下校中の小学生以外には人影の少ない、静かな町。城下町らしく、防衛用に造られたカギ型の多い通りを歩くと、そこここに古い町家が点在している。どこも保存や修復がわりあい行き届いていて、なかなか良い。緑が多く、ときおりウグイスの大きな鳴き声も聞こえてくるなど、雰囲気のある田舎町という印象だ。ホーホケキョ、ケキョ、ケキョ。
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看板も何もないこの商家は、いったい何を商う店なのか。手掛かりは丸に“釜”と書かれたこの瓶だけ…。シンプルだが謎めいた寡黙さ、というところが良い。

初夏の陽が頭上から照らす、大多喜のメインストリート。蔵造りの古い商家もポツポツと点在し、どことなく懐かしい風景を形作っている。人も車も重たげな影を引きずるように、ゆっくりと動いている。

伊勢幸酒店は重厚な建物だ。二階の窓の高さなどから見て、明治期のものか。
 店の正面に据えられた、置き忘れられたようなショーケース。サントリーオールドや角瓶に混じって、色褪せた人形がガラスの中から、じっと通りを見つめている。もう何年もこの姿のまま、今は覗いて見る客さえいないのだろう。

火の見櫓に古い商人宿。なんだか、つげ義春のマンガに出てきそうな構図だ。江戸時代創業という大屋旅館は、かつて旅館業の傍ら、フォード車を使ってタクシー業を営んだこともあるそうな。あの正岡子規も泊まったというのだが…。

正面から見ると狭くてヨレヨレの大屋旅館だが、奥は以外と深い。人は見掛けによらぬもの、だ。その日はここに投宿。
 歩き回って汗をかいたので、晩飯の前に一風呂浴びると、生き返ったような心地だ。ビールが旨い。しかし、障子に当たる夕日を見たのは、いったい何年ぶりだろう。庭の池に棲む鯉が水を跳ねる音が、一晩中、闇の中で聞こえた。蚊がちょっと多かったね。

翌日は朝から薄曇り。目玉焼きの朝飯を食って、9時半頃宿を出る。1泊2食付きで6000円は安い。うう〜、良い宿に泊まった朝は気分がいい。
(先頃、このページを見たという大家旅館の奥さんからメールを頂戴した。宿泊料は少し上がったと言うことだが、いまも元気に営業しておられるのだとか。奥さん、また御邪魔したときも宜しくお願いします。)

 ペリー来航の4年前、嘉永2年に建てられたという重要文化財の渡辺家は、この町を代表するみごとな商家だ。もちろん人が住んでいる。格子と白い漆喰壁とのバランスもよく、実に堂々とした姿。保存状態は良好で、入口に掛かった暖簾の、蝶をあしらった家紋も効いている。竹垣のカンナの花が咲く頃は、また一段と映えるのではなかろうか。
 ここが、テレビ東京の人気番組「開運!なんでも鑑定団」の鑑定士を長年つとめ、先年亡くなった渡辺包夫氏のお宅だったと知ったのは、ごく最近のことだ。


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