町並み漫歩館トップページ 関 時期:1995年5月9日
場所:三重県鈴鹿郡関町(当時)


関西本線の電車で、旧東海道五十三次の宿場町・関に着いたのは、晩春の午後のこと。
駅前の通りを300メートルほど直進すると、一本の曲がりくねった通りと交差する。そこが旧東海道だ。キョロキョロ左右を見渡せば、おお、道沿いに映画のセットのような家並みが整然と並んでいる。
まさに衝撃。それは一瞬、わが目を疑いたくなるような、江戸時代との“遭遇”だった。
 
柔らかな日差し、陽はまだ高い。ここは、人も車も滅多に通らぬ道らしい…。歩き始めた細い旧街道の両側には、古いがよく手入れされた家々がどこまでも続いている。
それにしてもどの家も、虫籠窓のつし二階に下は櫺子格子という、共通のデザインが美しい。個性はディテールの中にしまい込まれ、野暮な目立ちたがりはここにはいないのだ。ちなみに、「つし」とは納戸のことをいう。
マップ

通りに面した薄暗い桶屋の店先で、主人が黙々と一人、桶を作っていた。今風に言えば、ワークショップという奴か。
整然と並べられた道具類が、なんだかすごい。畏れおののきながらシャッターを押す。

“塩”の他に、もう消えかかった“砂糖”や“鮮魚”“青果”といった文字が見える、食品の店「遊快亭」。
洒落た名前は、かつてここが遊郭だった頃の名残だという。

電柱や電線がないということは、素晴らしいこと。道路も広い。空も広い。家々の軒も連なって見える。
透視図のお手本のような構図が、尽きることなく行く手に現れる。

伝統的建造物群保存地区に指定されているだけあって、この町の美観に関する配慮は細かい。銀行の建物も、街灯も、郵便ポストにさえも、それなりの意匠が施されている。景観を保つと言うことは、金の掛かることなんだね。

商品台にも縁台にもなる“ばったり”。現代の住空間にも活かしたいような、優れた機能の折り畳み式ベンチだ。
祭りの夜にここに腰掛け、ビールを飲んだら美味いだろうなあ。

夕日の中の関の家並み。こうしてみると東海道の道幅は狭い。まさにヒューマン・スケールと言う感じ。
じっと耳を澄ますと、かつての宿場の賑わいが何となく聞こえてくるようだ。

見事な破風を持つこの米屋さんは、ひときわ目立つ存在。そのはずで、もとは鶴屋と言う名前の脇本陣だった建物だ。
大名が参勤交代したおりには、家来衆が泊まったという由緒ある旅籠で、この破風は千鳥破風といい、かつての門の屋根だそうな。時代を経て米屋さんになった脇本陣だが、その威厳はいまも健在だ。

のどかな春の陽は、なかなか沈もうとはしない。
東西に細長い関の町を、端から端まで30分ほど掛かってゆったりと歩く。心地よい気分だ。まるで長い長い格子の回廊を、一人散策する王様のよう。
この町を歩く楽しさのコツは、家々の持つディテールの中に潜んだ、小さな工夫を発見することかも知れない。
蔵の窓に、縁台に、屋根瓦に、生活や風習の中から滲み出した、味のようなものが隠されている。それらを目で拾いながら、記憶のポケットに押し込んで行く。それで、とても得した気分になれるのだ。
 
5時頃、電話で予約してあった宿に入る。どうやら他に客の姿はないらしい。
この町に相応しい、小ぎれいな旅籠をイメージしていたのだが、あいにく期待は見事に裏切られ…。まあ、世の中そうはうまく行かないもの。最後に落とし穴だってあるさ、としぶしぶ諦める。
食事の後は、納戸のような薄暗い六畳間で一人寝転がり、かつての関宿の賑わいなどを想像して見るしかなかった。


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