1997年5月14日
東北本線の寂しい電車に揺られて仙台から小牛田にたどり着き、気仙沼線に乗り換え柳津と言う無人駅で降りる。遅い午後。そこから登米までタクシーをとばすと、着いた頃には重い色の雲からポツポツ雨が落ち始めた。運ちゃんの言葉によれば、正月以来の雨だとか。何と言うこと。みんなおいらが悪いのか…。その夜の宿を、ひっきりなしの無情な雨音が包んだ。
 
 幸いにも15日の朝には、雨はきれいに上がっていた。神様、有り難う。泊まった宿に荷物を預かってもらい、カメラを持って朝の街に出る。
 店蔵の白い漆喰壁がまぶしい商家もあれば、堂々たる武家屋敷も多い。明治期の庁舎などもしっかりと残っている。小さな地域の中に、色々な時代の色々な建物がいっぱい詰まった登米は、ミニチュアセットのような不思議な町だ。車や人の通りもひどく少なく、町歩きには理想的な条件が揃っている。はるばるやって来た甲斐があった、というものだ。「当たり〜!」の声がどこかで聞こえた。
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立派な蔵の多い登米の町の中でも、秀逸は「鈴彦」の蔵。大きすぎて、カメラのフレームに収まらないほどだ。何の商売の店かは分からないが、看板のデザインにもう一工夫あればと惜しまれる。

明治22年に建てられたという旧登米警察庁舎は、いま県指定の重要文化財で展示施設。この写真を撮っていたら中に呼ばれ、つい入ってしまう。内部では留置場や資料室など、親切な係りのオバサマがマンツーマンで案内してくれた。
所々に見事な店蔵が点在する登米の商店街。どの蔵も白い漆喰壁がよく手入れされていて、この町が美しく勢いのあった頃を、何となく偲ばせる。しかし、「海老○○」という屋号がここに多いのは何故だろう?
武家屋敷通りには家ごとに様々な形の古い門が残っていて、まるで品評会のよう。身分の高低、保存状態の良悪、金の有る無し…。それぞれの事情を物語る種類の多さは、見て回っても飽きない。こういう町も珍しい。むろん、今でも立派に人が住んでいるのだ。
町のすぐそばを、静かに流れる北上川。登米という地名の由来は、かつてここから舟で米が登ったからだという。舟運の基地として栄えた歴史の痕跡が、いまもこの町のいたる所に残っている。
武家屋敷通りや商家の様々な店蔵、明治期に建てられたという旧庁舎に、尋常小学校の旧い校舎など、ゆっくり見て回ると半日はあっという間に過ぎていた。これほど古い建物が一つの町の中で、密度濃く点在しているところも珍しい。しかも、その全てがこの町の自然な風景の一部なのだ。誰もがのんびりと静かに、それらに溶け込んで生きている。観光客を集めてそれで食おう、という妙にガツガツした姿勢が見えないのがいい。

 最後に訪ねたのは、「懐古館」という小さな資料館。一回りした後、受付の女性に帰りのバスの時刻と料金をたずねると、頼んだわけじゃないのに、バス会社に電話までして調べてくれたっけ。この親切が、旅のいちばんの思い出になる。アリガトウ、登米の人たち。何もかも当たりだった、今度の旅。土産に持ち帰った名物の油麩と青葉屋のせんべいも、ともに「当たり〜!」だった。


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