町並み漫歩館トップページ 海野 時期:1985年9月28日
場所:長野県小県郡東部町本海野(当時)


重い色の空から細かな雨が降り始めた。
ここは北国街道のかつての宿場町、海野の静かな通りだ。ときおり通過する車の他に、見渡しても人影はない。聞こえるものは、水路を走る水の音だけ。
この町の風景に、さらに沈んだ色の濃淡を落としてくれそうな雨に感謝しながら、上野駅で買ってきた折りたたみの傘を開く。

信越本線あさま3号の、4号車13番という縁起の悪い座席に座って、上野を発ったのが今朝の8時。
田中駅で下車し20分ほど歩いたところに、海野宿の入口がある。町はずれの白鳥神社のすぐそばには、木曽義仲が平家追討の挙兵をした地、という小さな河原もあった。きっとそのとき、巴御前もそばにいたのだろう。河原は千曲川の河原。
海野は、その千曲川と信越本線に挟まれたわずかな地域に、時間の目盛りからこぼれ落ちたように取り残された、奇跡の町なのだ。

マップ

この町に多いもの。漆喰壁に海野格子、立派な卯建、柳の木に萩の花、それらの間を流れる上質な時間の粒子…。
ここに秋の雨が加わり、さらに和服姿の美しい女性が傘を差して立てば、それなりの写真が撮れそうだ。

みごとな卯建(うだつ=火返し)を備えた家も多い。元は隣家からの火を防ぐための防火壁だが、富家の象徴でもあったため、これ見よがしに装飾を施したりしたのだろう。まあ、気持ちはよく分かる。
これを建てられない人間を“うだつが上がらない”などというが、しかし無理して見栄を張ることもないのでは。上がらない家の方が多い。

雨は降り続く。
のんびりと、そしてひたすらに歩く。歩くことで、この町の風景にほんの少しだけ溶け込めるような気がする。しかし、すれ違う人さえいないとは不思議な町だ。

黒漆喰の壁の色が、雨の日にはさらに沈んで見える。
この建物の入口の前には、「三峯神社御灯明」と書かれた古い行灯が…。昔の日本の住宅は、みなこのように美しい闇を持っていたのか。

街道沿いの民家の庭先に咲き乱れるコスモスが、しっとりと雨に濡れていた。そう言えば、狩人に「コスモス街道」というヒット曲があったっけ。そんな歌を口ずさみたくなるような風情だ。
狩人の兄弟、もうデュオの活動を止めてしまったようだがが、ときには二人で「コスモス街道」を歌ってくれよ。

両袖を張り出しような、矢島家の見事な卯建。
左右の屋根にはそれぞれ、ピンと鯱も反り返っている。豪華ではないが、どっしりと威厳に満ちた造りの建物だ。まるで雨音を形にしたような、どこまでも連なる家々の格子が美しい。
かつてこの格子の奥で、どのような明かりが灯り、どのような賑やかな会話が交わされたことだろう。過ぎ去った時間は帰らない。

安物の折りたたみ傘はあまりに小さく、ショルダーバッグやカメラに遠慮なく細かな雨粒が貼り付く。それらを拭き取りながら約一時間ほど街道を歩く。
アスファルトの舗道が濡れて光り、家々の影をくっきりと写すようになった頃、やっと隣の大屋駅に到着。肩の荷を降ろすと、なにやら時雨の中のタイムトンネルから、現代へと帰還したような気分になった。それにしても千曲川の河原には、早くもススキの穂が揺れていたなあ…。


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