No.5(2001年7月13日)
山口嘉民:文
●折にふれ、作者の近況や心境などをお知らせします。


1988年頃

それまで東京の6畳一間を借りて描いていたからとにかく広くてうれしかった。
まだ何にもない。
今のアトリバにするまでに
壁にペンキ塗ったり移動式のパネルを作ったり
かなり手がかかった。
キーファーってひとのアトリエは弟子がローラースケートで移動してるって聞いたけど、
この頃は自分も大画面の現代絵画を描きたいっておもってたな。

吊り橋

美大の同級生のB君が訪ねてきた。
吊り橋は歩くとゆらゆら揺れて、下は千尋の谷。
犬のちゅうたはびびって渡れなかったんだ。
橋の向こうは青の洞門みたいな手ぼりのトンネルで水がぽたぽたいつもおちてた。
トンネルを抜けると戦前とぜんぜん変わってない風景が現れたんだけど、
今は橋もトンネルも立派になって道も舗装道路になってる。

ベルリンの壁

1989年ごろかな。
壁が崩壊するちょっと前だった。
だけどこの時は壁が無くなるなんて誰も思わなくて、西側の観光客が1日ビザで向こうとこっちで見物しあってる。
その前からニューペインティングっていう新表現主義がはやっていて、
もとになった壁の絵が見たいと思った。
何年か後、日本のスーパーで壁のかけらを売っているのを見かけた。
関係ないけど、佐伯のパリの壁の絵は壁の向こうが描いてないって
どこかで聞いた事があるな。



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