その107.頑張れ、プロレス!(2005.11.7)
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◆う〜ん、なんだかねえ。これからいったい、どうなるのかなあ…。え、そんなに深刻な顔をして、日本経済の行く末でも心配しているのかって? いや、そんな大層な話ではないんじゃがね。思えば近頃、テレビでプロレス中継を観なくなったな〜、とある種の憂いを感じておったところなのよ。な、キミも心配じゃろう?
まあプロレスといえば、かつては相撲・ボクシングと並んで、日本のプロ格闘技界をリードする花形スポーツだったわな。戦後の風雲児・力道山がアメリカから持ち帰ったこの新興格闘技は、たちまち民衆の心をつかみ、日本中を熱狂の渦に巻き込んだものじゃった。そして彼の死後は、愛弟子のジャイアント馬場とアントニオ猪木により、さらにポピュラーなスポーツとなり、大衆の支持を得た。いまでは信じられんが、かつては馬場の作った全日本プロレスと猪木の育てた新日本プロレスの試合が、テレビのゴールデンタイムのレギュラー番組で、それぞれ視聴率を争ったものじゃった。あの頃のプロレスは、本当に面白かった。猪木対ビル・ロビンソンの一戦など、涙がちょちょ切れるくらいわしの心を揺さぶったもんじゃよ。
◆それが、どうだい。いつの間にか、テレビのプロレス中継はゴールデンタイムから退き、今では深夜の録画番組として辛うじて命脈を保っておる始末。それも生放送の一時間ものから、三十分のダイジェスト版に降格だよ。そればかりじゃない。長くプロレス界を引っ張ってきた新日本プロレスは、カリスマ・猪木の引退後は徐々に観客動員が落ち、いまじゃ恒例の東京ドーム大会も全盛期の半分程度の入り。全日本プロレスの流れをくむノアが何とか頑張ってはいるものの、全体的にプロレスの持つイメージは、社会からは影の薄い存在になりつつある。
そして、入れ替わるように脚光を浴びているのが、K-1やPRIDEといった真剣勝負を売り物にする格闘技じゃね。打撃技を中心としたK-1と、なんでもありの総合格闘技のPRIDEはともに、世界中から集まった猛者たちが本気でガンガン殴り合い締め合うど迫力が受け、いまや集客力でも視聴率争いでもプロレスをはるかに凌駕しておる。さらにはアメリカのWWEの影響を受けた、日本版ショー・プロレスの「ハッスル」も急浮上。こちらは派手な演出やゲスト出演者の話題性などで、テレビやスポーツ紙を賑わしておるな。
◆こうなると存在感をアピールし辛くなるのが、日本のプロレスというスポーツなんだよね。まあ、真剣勝負かと問われればそうとは言えんし、完全にショーなのかといえばそうでもない。つまり両方の要素をうまく取り入れて、選手同士があうんの呼吸で技のやりとりをするのが、プロレスの醍醐味なんじゃよ。鍛え上げた熟達の男たちが体を張って造り上げる、“試合”という名のエンターテインメント一一これこそ、プロレスそのものだとわしは言いたいわけさ。プロどうしにしか出来ん、高度な職人芸だよ。
じゃが、こうしたプロレスの持つ二面性が、いまの時代には弱みにもなっておる。相撲出身の力道山が創った日本のプロレスは、“真剣勝負味”の濃い独特のものじゃった。これが日本人の琴線に触れて大ブレークしたわけじゃが、以来、プロレスは真剣勝負という“幻想”を背負ったまま、日本のレスラーは生きて来なければならなかった。しかし、本物の真剣勝負であるK-1やPRIDEの登場で、この“幻想”は色褪せてしまったんじゃな。どっちつかずの高度な職人芸よりは、分かり易い単純な潰し合いの方がスキ!という時代がやって来たってことさ。こうなると、プロレスラーも大変だよなあ。
◆そんなわけでプロレス界は、いまや迷走の時代に入ったといってもいいじゃろう。より格闘技に近付こうとする新日本プロレスのような団体があれば、従来のスタイルのプロレスを頑なに守ろうとするノアのような団体もある。あるいは、ショーの部分を前面に押し出そうとするインディー団体もあるわな。じゃがプロレスがプロレスである限り、真剣勝負とショーのはざまで揺れる存在なのは変わらない。
ここらでプロレスも正直にカミングアウトして、完全にショーとしてやって行けばいいじゃないかという声もある。「ハッスル」がやってるような、日本版のアメリカンプロレスってわけだ。しかし、わしはこれには反対なんじゃ。日本人の好みは、アメリカ人とは違う。伝統的な「武道の国」の日本人は、やはりおちゃらけた闘いを心から好きにはなれんはずじゃよ。だから、いつか新しいカリスマ的スターが出現すれば、必ずプロレス人気は復活するとわしは信じたいね。いや、そうあって欲しい。そして再び猪木対ロビンソン戦のような、涙のちょちょ切れる名勝負を見せて貰いたいもんじゃ。キミだけに言うが実はその日のためにわし、秘かに「卍固め」の練習を続けておるんよ。
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