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その110.春の歌は永遠に流れる(2006.2.23)
♪ど〜こ〜かで春が生まれ〜てる〜、か。こんな童謡の歌詞がピッタリの季節が、いよいよ到来じゃね。散歩する遊歩道の道端にはひそかに水仙の花が咲き、少しずつじゃが木々の芽もふくらんできたような気がするな。そういや、♪は〜るよこいは〜やく来い、あ〜るき始めたみいちゃんが〜、なんて童謡もあったっけ。可愛いみいちゃんの姿が目に浮かぶようじゃが、別にこれピンクレディとは関係ないんだよな。おおそうそう、♪春がきた、春がきた、どこに〜きた〜、というこの歌も忘れちゃいかんな。どことなく、メロディやリズムがビバルディの名曲「春」にも似ていて、心が浮き立つような楽しい歌じゃないか。
 しかしこんな童謡や唱歌の名曲も、最近は聴かなくなって久しいな。わしがまだ子供だった時分はラジオの全盛期でな、スイッチを入れればたいがいこうした歌が四六時中、スピーカーから流れておった。もちろん身のまわりには豊かな自然があふれていたから、歌の中の情景と目に見える本物の風景がピッタリ重なって、幼い脳裏にしっかりと刻まれたもんじゃったよ。お陰でいまでもこの手の歌を聴くと、たちまち目の前に当時の風景が、フラッシュバックでバッチリ甦るって寸法さ。あ〜、懐かしいね。

なに、みんな知らない歌ばかり? そうなんだよなあ、近頃はキミみたいな若い唐変木が増えてきて困るんだよなあ。…え、唐変木って中国の外相ですか? どうでもいいけど、笑わせるんじゃないよキミ。それに新聞くらい読んどかないと、脳味噌が乳酸菌で発酵しちまうっつ〜の。こうした童謡・唱歌の名曲が次世代に受け継がれないのは、実は由々しき問題だとわしはいいたいわけ。
 古いと言われるかも知れんが、伝統的な童謡・唱歌はもともと日本人の原風景や素朴な心情を歌ったものが多かった。いわば、日本的なしっとりした叙情の世界じゃね。人々はそこに故郷の風景を見つけ、日本人としての豊かな感性を読みとったものじゃった。美しい言葉や分かり易いメロディは、すんなりと心に溶け込み、みんなが同じ日本人としての精神性を共有できたってわけさ。ほら、市川崑監督の映画『ビルマの竪琴』で、収容所に入れられた日本兵の捕虜たちが、隊長の指揮でよく一緒に日本の歌を歌っておったじゃろ。あのとき、戦いに敗れた兵士たちの心を一つにし、故国へと繋いでいたのが童謡・唱歌だったんだよな。
 
ついでにいえば、この映画の中で印象的なシーンがあったね。捕虜になる前の日本軍が一軒家をイギリス軍に包囲されたとき、相手を油断させようと必死に歌ったのが『埴生の宿』という曲。俺たちゃぜんぜん敵に気付いていませんよ、というアピールじゃ。そのとき殺気立った日本兵の耳にふと、こちらの歌に和して歌う敵軍の『ホーム・スイート・ホーム』が流れてくる…。そこで、戦争がすでに終わっていたことを知り無血で降伏するわけじゃが、このとき日英両軍の心は歌によりちゃーんと一つに繋がっていんだね。『ホーム・スイート・ホーム』は『埴生の宿』の原曲で、“ボロな家でも心は錦”というイギリスのマイホーム賛歌。故郷のわが家を思う心は、敵味方を超えて一つの絆で繋がったってことさ。感動的じゃね〜!
 とまあ、これは物語の中の美しいエピソードなんじゃが、それもこれも人間どうし分かり合える故郷や故国への思いがあったから。このとき歌ったのがもしも勇ましい軍歌なんかだったら、ドンパチ激しい戦闘になっていたかも知れんわな。よかったね、『埴生の宿』で。

そんなわけでわしが危惧するのは、こうした古い童謡・唱歌が持つ“日本人の郷愁”みたいなものが若者に受け継がれないと、世代間ギャップが出来てしまうんじゃないかということ。つまり「心」の断絶じゃ。日本的な抒情性をまるで理解しない、見た目は日本人じゃが精神は無国籍みたいな連中ばかりになったら、いずれ老人と若者の社会が二分化し、世の中きっと殺伐としたものになってしまうぞ。あんな猿真似のラップ音楽じゃ、日本人の繊細な叙情の世界は歌えないもんな。な、キミもそう思わんかい?
 近頃は学校の教科書でも、こうした愛唱歌をあまり載せなくなったらしいが、これは困るね。優れた童謡・唱歌は、日本の貴重な文化遺産じゃ。できれば老若男女が一緒に歌えるような、きれいな日本語で美しいメロディの名曲を、たくさん載せてもらいたいね。これこそが世代を越えた文化の伝承であり、精神の共有ってもんじゃよ。そこから日本独特の美意識や、豊かな感受性が育って行くとわしは信じとるがな。え、そこまで言うんだったら、お前の好きな曲を一つ歌ってみろ? じゃあ春にちなんで、♪は〜るばる来たぜは〜こだてへ〜、なんてどお? 怒ったらゴメン。