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その119.桜の下の不思議な世界(2007.4.9)
なんだかいよいよ、パッと桜も満開だね。こうなるとウキウキするのが日本人の習性じゃが、このわしもご多分に漏れず、缶ビール片手にどこかに繰り出したくなるんだよなあ。なに、どうでもいいけど、独り言をいいながらご近所をうろつくのは止めろ? キミなあ、変質者みたいにいうんじゃないよ。こう見えてもわしは花の下でつねに、人の世の無常とその宿命について思索しとるんじゃ。ついでに、今日の晩飯のおかずとそのカロリーについてもな。
 しかし毎年この時分になると、思い出すのは子供の頃に見た紙芝居の一シーンじゃね。それは、タイトルもストーリーも忘れてしまったが、なにやらおどろおどろした筆使いで描かれた不思議なお話さ。わしが鮮明に覚えておるのは、中に突然、妖怪のようものが現れた場面だったなあ。「コケキャッキッキー!」、紙芝居のおじさんは絵の中の吹き出しに合わせ、ふいにそう叫んで太鼓をドドンと叩いたね。そのときの驚きと恐ろしさは、幼い少年の心に深く刻まれ、頭上の桜の花とともにいまも鮮やかな記憶となって残っておる。え、それからどうした? だから、いちいち合いの手を入れなさんなってえの。

あれはいったい、何の物語だったのか? 「コケキャッキッキー!」とは、いったい何のことだろう? その疑問は長いことわしの心の底でくすぶり続け、消え去ることはなかった。ま、秘められた永遠のミステリーって奴かな。ところがある日、この長年のわしの疑問が氷解するときがやってきた。来たんだよなあ、ある日突然。いっとくけど、改名で失敗したモンキッキーのことじゃないよ。
 それは、何気なく立ち寄った本屋でのこと。マンガの文庫本のコーナーをブラブラ歩きながら、ふと手にしたのが妖怪マンガの第一人者、水木しげるの本だったね。わしは元もとこの人のファンでな、「墓場の鬼太郎」や「河童の三平」といった長編シリーズから、「丸い輪の世界」などの秀作短編まで、けっこうあれこれつまみ食いで読んでおったのよ。で、その日も何か面白い新刊でもと思い、一冊の本を手に取りパラリと開いたってわけ。と、そこに描かれた作品のタイトルが、不意にわしの目にドドンと飛び込んだ。おお、そのタイトルこそ「コケカキイキイ」──。これだ!とわしは思ったね。

「コケキャッキッキー!」と「コケカキイキイ」という、不思議な言葉のアナロジー。妖怪の出てくるおどろおどろしいストーリー。そして、マンガ家になる前は紙芝居を描いていたという、よく知られる水木先生の若き日のヒストリー…。これらを総合して勘案すると、わしがあの日見た恐ろしげな紙芝居は、この「コケカキイキイ」の原形となるものだったのじゃなかろうか、外廊下。いやいや、きっとそうに間違いない…。こうして、子供の時分からの長年の謎がついに解け、わしは「フェルマーの最終定理」を証明した数学者のように、スカッとした気分で鼻クソをほじったってわけさ。めでたし、めでたし。
 で、「コケカキイキイ」はどんな話かって? それなんじゃがね、これがまた奇妙な物語。この世に恨みを持つ四つの生き物が死に、そのときに彼らの怨念が合体して生まれたのが、「コケカキイキイ」なる妖怪というわけさ。何だかすっとぼけた顔をしたこの妖怪、大都会東京に充満する人々の不平不満を食い尽くし、街を昔の自然な姿に戻すと、あとは静かに消えて行く…。現代文明の矛盾や明暗をあばき、ほのぼのとした画風の中に警鐘の音を鳴らす、いかにも水木作品らしいお話といえそうじゃ。庶民の幸せって、いったい何なんだろうね。わしが子供の頃に見た紙芝居がもしもこれと同じような内容だったとしたら、水木先生の時代を見透かす慧眼にはもう感服するしかないなあ。

水木作品のいちばんの魅力は、何といっても心が安らぐこと。人も自然も妖怪も、みんなが一緒にのんびり暮らせる美しい国、日本──。誰もが忘れてしまったそんな時代や風景へのノスタルジーが、どこかほんわかとした登場人物や、恐ろしく濃密な背景画から、ジワッと浮かび上がってくる。そして、自分もその風景の中にフラリと行ってみたくなる。ちょっと古いCMじゃが、まさに“ディスカバリージャパン”の世界なんじゃね。これが日本人のDNAをいたくくすぐるってわけさ。
 聞くところによればあの名作「ゲゲゲの鬼太郎」が、なんと5度目のアニメ化を果たしてまたまたテレビに登場するというし、さらには実写版の映画も公開されるというから驚きじゃ。こちらで鬼太郎を演じるのは、なんとウエンツ瑛士(外人かよ!)。いったいぜんたい水木ワールドは、時代を超え世代を超え、どこまで広がって行くのかの。ある意味、「日本版ハリー・ポッター」ともいえそうな鬼太郎シリーズじゃが、ひょっとすると水木先生の描く不思議な世界は、人類共通の原風景を表しているのかも知れんなあ。な、そこのねずみ男そっくりのキミも、そう思わんかね。