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その13.二番目は日本語だった(2000.2.16)
わしのこの有り難い(そうでないと言う意見もあるが)よもやま話を、もちろんみんなインターネットを通して読んでいるわけだよね。いまや、インターネットという言葉を聞かない日は、ないと言ってもいいじゃろう。
聞くところでは、あのネパールのポカラ湖畔のある場所では、10メートルおきにインターネットの店が並んでいるそうな。小さな店には、普通の電話機とパソコンが1台置いてあるとか。ヒマラヤの山にトレッキングに来る外国人が、家族や職場と連絡を取るのに、いまや電子メールは欠かせない時代なのじゃね。
グラハム・ベルが電話機の実験に成功したのは、1876年のことじゃった。
あやまって希硫酸を膝にこぼしたベルが送話器に向かって叫んだ声が、電話線を通して別の部屋にいた助手のワトソンに聞こえた、というわけなんだ。これが、電話機を伝わった初めての人間の声だったのじゃ。ところで、このときベルの元に留学していた日本人がいた。後に東京音楽学校の校長になった伊沢修二だね。伊沢はさっそく、同じ留学生仲間の金子堅太郎をつれて来て、ベルに聞いたな。
「日本語でも話が通じますか?」
「もちろんできるとも」
こうして、伊沢と金子は電話機を使って日本語で会話をしたんだ。世界で最初に電話線を伝わった言葉は英語だが、なんと二番目は日本語だったんじゃね。感激!
インターネットにEメールにケイタイにと、いまや電話は恐ろしい勢いで姿を変えながら進化している。この先どんな新種が登場してくるのか、わしにもさっぱり想像が付かないよ。しかしはっきりしているのは、情報はやっぱり中身が大事だということ。有意義な使い方を心掛けたいものだね。ちなみにわしの趣味は、地方の地酒をインターネットで探して購入することなんじゃが、これってすごく有意義だよね。ね、ウンと言ってよ。
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