その15.小鳥はとっても歌が好き(2000.3.1)

先日、久しぶりに浅草寺にお参りに行ったのじゃが、相変わらず観光客の姿が多かったね。日本各地や外国から集まった老若男女が、雷門から本堂の間にあふれかえっていて、観音様も土産物屋さんもさぞ喜んだことじゃろう。わしもつい、人形焼を買ってしまったな。
しかし、境内の鳩も増えすぎるとはた迷惑じゃね。いくら平和のシンボルと言っても、よそ行きの服にドサッと糞でもかけられたら、撃ち殺してやりたくもなるわな、これ。なにしろ鳩の糞は、ボリュームたっぷりだもんなあ。わが家で飼っているカナリアはその点、糞も小さいし良い声で鳴くし、まあ、わしの心を慰めてくれる可愛いペットじゃよ。エサ代も大して掛からないしね。
飼い鳥の好みというのも、日本と西洋では大きく異なるようだよ。わが国では古来より、ウグイスやコマドリ、オオルリ、メジロといった、姿より鳴き声を楽しむ小鳥たちを飼育してきた伝統がある。渋い好みじゃねえ。そこへ行くと西洋では、鳴き声というのはあまり重要視されず、あくまでも視覚的に美しい鳥を愛好してきた。例えば、セキセイインコやオウムのように派手な原色のものや、クジャクのように華麗な尾羽を見せてくれるものなどだ。わが家のカナリアも、オレンジ色のニクい色をしておるよ、ほんと。
ちなみに、物まねをする鳥としてはオウムやインコ、九官鳥などが代表的だね。オウムとインコとは同じ仲間なんじゃが、一般的には羽冠があり白い色のものがオウム、色彩のあるものをインコと呼んでいるようだね。
オウムやインコが話す能力を持っていることについては、古代から人々も興味を持っていた。ただし「オウム返し」というように、その意味は理解できず、ただ単に人の言葉をまねて繰り返すだけだと思われてきたんじゃ。ところがアメリカの最近の研究で、一部のオウムは訓練によって、人間と知的なコミュニケーションを交わす手段として、言葉を使えるようになることが分かった、と言うから驚くね。わしも今度から、近所のペットショップのオウムに変な言葉を教えるのは、控えなきゃいかんな。
ま、わしの生活環境もこの頃うるおいがなくなって、ガサガサしたものになりつつある。なに、君もそうか、そうだよねやっぱり。そんなとき小鳥の愛らしい声や姿は、ホッと忘れていた心を思い出させてくれるオアシスなんじゃ。人間、やはり優しさを失ってはいけない、ということだよ。などと言いながら、今夜も熱燗をすすりながら焼き鳥をつまむわしを、君、どう思うかね・・・?