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その27.夏の夜空に花が咲く(2000.8.28)
ドドーン、ヒュルルー、パンパーン。たーまやーにかーぎやー、か。いやあ、日本の花火は美しいねえ。今年の隅田川の花火大会は、サミットの影響で例年よりひと月遅れで開催されたが、まるで夏の終わりを惜しむようにひときわ盛り上がったね。どうやって数えたのかは知らんが、92万人の人出というからすごかった。きっと迷子もたくさん出たことじゃろう。わしもビールとつまみを持って繰り出したが、日頃のストレスを花火が吹き飛ばしてくれたようで、見終わってすっきりしたよ。周りの人たちも、一瞬の芸術にため息の連続じゃったなあ。なんか人の心を酔わせるものがあるんだね、あれって。
しかし、花火と言えば必ず「たまやー、かぎやー」のかけ声が定番だね。この玉屋と鍵屋と言うのは、江戸時代の花火屋の老舗だったんじゃ。まあ、いまで言うライバル企業だったわけだが、じっさいにこの二店が腕と技を競い合ったのは30年ほどの間にすぎない。意外と短いんだね、これが。
もともとは、万治2年(1659)に大和から江戸に出てきた弥兵衛という男が始めた、鍵屋が先発の花火屋だったな。代々の主人がこの弥兵衛を名乗ったんじゃが、文化6年(1809)に手代の清吉がここから独立を許されて店を開いた。これが玉屋じゃ。言ってみれば、玉屋は鍵屋の分家みたいなもの。この二つの店がともに繁盛しながら、両国の川開きなどで腕を競ったわけじゃね。隅田川にこぎ出した打ち上げ用の両家の小舟には、それぞれ「鍵」や「玉」と書かれた提灯が揚げられていたそうな。もっとも、打ち上げ場所は玉屋が両国橋の上流、鍵屋は下流と決まっていたから、見物人が間違えることはなかったんじゃ。
しかし、玉屋の繁栄も長くは続かなかった。天保14年(1843)に店から火事を出して、これが町内の半分を焼く大火となったな。えらいことじゃ、当時の出火は大罪。あわれ玉屋は財産没収の上、お江戸追放とあいなった。まるで花火のように、はかなく散った玉屋の栄光だったというわけじゃ。ドドーン、パーン。みんなも花火の後は、火の始末を心がけようネ。
ところで、近頃の花火は様々な色で目を楽しませてくれるな。これ、もともとの火薬の色ではなくて、火薬に着色料を細工してあるんじゃと。ん、着色料とは何かって? それはな、炎色反応を利用して花火に色を付けるため、火薬に混ぜる物質のこと。たとえば、赤い色を出す場合は硝酸ストロンチウムや炭酸カルシウムなどが使われるし、緑色だったら硝酸バリウムや炭酸バリウム、青だったら硫酸銅、黄色だったらシュウ酸ナトリウムといった具合じゃ。まあ、いろんな着色用の材料があるもんだね。
打ち上げ花火は、地上に固定された筒に火のついた点火用具を入れ、花火玉の下にある打ち上げ用の火薬に点火して打ち上げる仕組みになっておる。同時に花火玉の導火線にも火がつくので、上空で爆発するのじゃね。ところで、空中で爆発した瞬間に中の一万円札が舞い散る花火を作ったら、人気が出るじゃろうな。もちろん、わしも駆けつけるがね。なに、そんなことをしたらお札が燃えてしまう? じゃあ、十円玉にしておくか。これがほんとの「たまやー」なんてね。
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