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その41.日曜日って何の日?(2001.3.29) いや〜負けたね、ボコボコにさ。しかも、こっちは手も足も出なかったって感じだもんな。なに、近所の子供と喧嘩したのかって? コラ、いくらわしだって子供には負けんぞ。KOされたのはサッカーのわが日本代表じゃ。相手が実力世界一のフランスだったとは言え、まるで子供扱いだったね。これじゃトルシエ監督も真っ青だよ。日曜日だと言うのに、25日の早朝から起きて応援していたわしも、あまりの実力差にボーゼンとしたよ。おまけにPRIDEのエース桜庭選手もKOされたし、「暗い日曜日」とはこのことじゃな。ああ、ガックリ。 そう言えば「暗い日曜日」というシャンソンがあるのを、キミは知ってるかな? これ、フランスの古い有名な曲で、日本でも淡谷のり子や越路吹雪と言った大歌手がカバーしておる。原曲は1933年にハンガリーで作られ、それにフランス語の歌詞をつけシャンソンとして、1936年にダミアと言う女性歌手が歌って大ヒットしたんじゃ。しかし、♪私はある日曜日に死ぬでしょう・・と言ったあまりに暗い歌詞に陰鬱な曲調が悪かった。お陰でこれを聴いた人が次々と自殺した、などという怪談じみた噂が広がったりしたんじゃね。真相は分からんが、この曲が放送禁止になったりしたのは事実。まあやっぱり、日曜日は明るい方がいいね。 そうそう、「血の日曜日」事件というのもあったな。こちらはロシアの出来事。1905年1月22日の日曜日、首都ペテルブルグの冬宮前広場に集まりデモを始めた市民に、政府の出動させた鎮圧軍が発砲し、死傷者3000人以上という大惨事を引き起こしたんじゃ。当時のロマノフ朝ロシアは、日露戦争で苦戦の真っ最中。この事件に怒った民衆が各地でストライキを起こし、追いつめられた政府は戦争の早期終結を余儀なくされる。日露戦争での日本辛勝の裏には、この「血の日曜日」が大きく影響しているんだね。小国日本にとっては天佑とも言える、悲惨な事件じゃった。いかん、また暗い話になってしまったよ。 ところで日曜日は英語ではサンデーじゃが、オランダ語ではゾンターク。このゾンタークが訛ってどんたく、つまり「博多どんたく」の語源となったとか。博多どんたくそのものの起源は古く、もとは平安時代に御所のお正月の宮中参賀行事が地方に伝わったもの、と言われておる。博多の町衆が代々これを発展させて来たんじゃね。明治5年にいったん中止させられたこの祭りも、12年に再開され「博多どんたく」と呼ばれるようになったんじゃと。戦後は「どんたく」で町おこしをと言う動きがあり、以来、ゴールデンウィークの恒例行事として毎年盛り上がっておる。わしもいっぺん行ってみたいよ。 もともと、日曜日はキリスト教の聖日。六日の労働と一日の休日 (安息)という十戒の規定から、人間が労働してはならない日とされておる。ちなみにユダヤ教では土曜日が安息日で、イスラム教は金曜日が安息日なんじゃ。しかし無宗教でエエとこ取りの日本人は、ただのカレンダーの休日として日曜を導入した。つまり、ゴロ寝の日が日曜日。神への感謝も礼拝もないんだね。おお、こんなことで良いのでしょうか、神様。なに、良くない? よーし、わしもつぎの日曜日には近所の神社に出かけて、お賽銭でも上げてくるかな。 |