その44.「カーネル・サンダース現象」とは(2001.5.10)

なんだか近頃、梅雨の走りのような雨が降るけど、どうも部屋の中が湿っぽくなっていかんなあ。ついでにわしのサイフの中まで湿っぽくなるわい、トホホ。そう言えば、あの鳴り物入りでスタートした二千円札はどこへ行ったんだい。え、キミも見たことがない? そうだよね。わしもテレビや雑誌などでは以前よく見たものじゃが、本物は一、二度、お目にかかっただけ。これじゃ、いつかまた本物を手にしたとき、それが本物に見えるかどうか心配じゃよ。

わしの知り合いで都内に住む九州出身の人物がおるが、この男はときどき妙な体験をするというな。それは、新幹線で富士山の近くを通過するときや、たまに国会議事堂の近くを通り掛かったときなどに起こるという。どういうことかと言うと、この男は18歳まで九州を出たことがなかったため、幼少の頃から富士山や国会議事堂は写真や絵でしか見たことがなかった。そのため、知らないうちにこの山と建物は、この世にはない虚像として頭の中に刷り込まれてしまったと言うんじゃ。だから、いざ本物の富士山や国会議事堂を目の前にすると、どうしてもそれが現実の風景とは思えないらしい。実像が虚像に見えてしまう、一種奇妙な気分に襲われると言うんだね。ホンマかいなと思うじゃろうが、これホンマらしいよ。

しかし、似たような体験はわしにもあるな。テレビや映画でしか見たことのない芸能人を、街なかで見かけたときなどはやっぱりそうなる。どうしてもそれが現実で、相手が生身の人間とは思えない一瞬があるね。ずいぶん以前わしがまだ若かった頃、ほんのちょっとしたきっかけで、かつてテレビの月光仮面を演じていた俳優さんで当時は実業家になっておられた人物と話をする機会があった。いやー、あのときがまさにそうじゃったな。なんたって、相手はわしが子供時分に夢にまで見たヒーローじゃ。会話できること自体が信じられなかったし、そのときのリアリティのない不思議な気分は、今でも覚えておるよ。名探偵・祝十郎(実は月光仮面)の顔は武田薬品のマークとともに、わしの無垢な心にしっかり刷り込まれていたんだね。あれは、いまでもわしの大事な思い出じゃよ。

もっとも、日本国中がそんな体験をしたことがかつてあったな。覚えてる人もおるじゃろう、1970年代に日本の空港に降り立った白いスーツに白い髪とヒゲ、眼鏡にステッキの一人のアメリカ人を。その名はカーネル・サンダース。そう、あのケンタッキー・フライドチキンのお爺さんじゃ。あのときは日本中が、その老人を見て「わー、動いてる!」と叫んだものじゃよ。それもそのはず。当時からどこに行ってもKFCのお店の前には、にこやかなカーネル・サンダースの人形がドンと置いてあった。あの人形はペコちゃんやサトちゃんと同じように、商品のシンボルとして日本人の心の風景にしっかり刷り込まれていたんじゃ。まさか誰も、実在の人物がいるとは思ってなかったんだもんね。だから、本物のカーネル・サンダースが現れたとき、みんなまるで、人形が動き出したような不思議な錯覚に陥ったものじゃよ。とても現実の光景とは思えないような・・・。

人間って変なものだね。虚像の姿が先に強く刷り込まれてしまうと、その虚像のモデルとなった実物が、まるでコピーのように思えてしまう。実物に出会ったとき、妙に現実離れした不思議な感覚に襲われたりする。虚と実の逆転現象じゃ。わしはこれを「カーネル・サンダース現象」と呼んでおる。どうじゃ、このネーミング。英文に翻訳してアメリカ人にも聞かせてやろうかな。なに、あの人形があるのは世界中で日本だけ? そ、それホンマかいな?