その57.不老長寿は高貴な香り?(2001.11.9)

ブルブル、いよいよ冬の足音が近付いて来たって感じだね。晴れた日は散歩もいいんじゃが、寒風の吹く日や冷たい雨の日などは、あったかい部屋の中でマンガ……じゃない、研究書なんかを読んでるのが一番じゃ。もちろんかたわらには、菊の花びらを浮かばせた菊酒なんかを置いてさ。え、うまいのかって? キミ、手打ちにするよホントに。
 しかし、町なかの花屋さんや住宅街の庭先でも、きれいに咲いた菊の花を見かけるシーズンだね。わしの菊の思い出といえば、お袋に連れられて子供の頃に見た菊人形展かなあ。知ってるじゃろ、菊人形? 忠臣蔵や曾我兄弟など日本の時代劇をテーマに、丹誠込めた菊の花で人形を造型する園芸じゃよ。まあ、顔だけは本物の人形なんだけどね。そう言えば、むかし観た「犬神家の一族」という映画では、菊人形の首から上だけが人間の生首というコワイ場面があったっけ。あれは気持ち悪かったなあ。あんな悪さしちゃいけません。

菊は皇室の御紋章にも使われるくらい、日本を代表する花とされておる。もともとは中国の原産でな、紀元前3世紀頃にはすでに食用として愛されていたとか。遣唐使などにより、わが国に伝わったのが奈良時代中期のこと。当時は不老長寿の霊薬とされていたんじゃ。言われてみれば、あの独特の気品ある花の香りを嗅ぐと、なんだか長生きしそうな気分になるわい。「菊」という漢字に「キク」以外の読み方がないのも、それが薬用植物として渡来したとき、薬の専門用語としてそう読んでいたのが定着したから、といわれておる。じっさい、菊は食欲増進や高血圧、眼精疲労に効くそうじゃよ。キクーッ!
 そう言えば、菊の中には黄色や紫色をした食用菊というのもあるな。こちらはさっと熱湯に通したあと水で冷やし、酢の物やおひたしで食べると、なかなかおつな味がするね。見た目も色がきれいで、食欲増進にもつながるしさ。それに、ビタミンやミネラルも含まれているんだとか。

ところで、「桃の節句(三月三日)」や「端午の節句(五月五日)」はキミも知ってるよね。しからば、「菊の節句」はご存知かな? これ実は「重陽の節句」とも言って、九月九日のことなんじゃ。江戸時代に定められた五節句の中では、この「重陽」が最も公的な性質をそなえていたそうな。九が二つ重なる日だから「重九(ちょうきゅう)」ともいってな、音が「長久」につながるので縁起をかついだんじゃ。だからこの日は、菊を愛で菊酒を飲んで邪気を祓い、長寿を願う日だったんじゃよ。        
 わしが若い頃読んだ、江戸時代の作家・上田秋成の短編小説集「雨月物語」には、「菊花の契り」という名作があったな。これは、菊の節句の日に再会を約束した二人の武士の話だったが、わけあって会いに行けなくなった片方が幽霊となって約束を果たす、という不思議な物語じゃ。菊は二人の長久の友情を表していたんだね。キミも友達は大事にしような、うん。

菊の栽培は、江戸時代になって大ブームとなった。いろいろな品種が作られたのもこの頃じゃ。海外にも進出し、17世紀に日本からヨーロッパに紹介された菊は、18世紀末にはフランスに移植され、切花や鉢植えとして欧米で独自の発展を遂げたな。これらは洋菊と呼ばれ、今では日本に里帰りして大いに活躍してるものもおるよ。たくましい奴じゃ。
 菊というとつい仏前にあげる花を連想しがちだが、いまでは様々な種類が百花繚乱じゃ。気品のある色や形は目を和ませ、すがすがしい香りは心を鎮め清らかにしてくれる。秋の日にこれほど相応しい花もないね。わしらもたまにはゆっくりと菊の花を観賞して、優雅なひとときを過ごした方が良いのかも知れんな。なに、菊正宗でも飲みながら? たまには良いこと言うね、キミィ!