その58.安くて楽しい味やねん!(2001.11.24)

なんだかね〜、今年もそろそろ聞こえてきたよ、クリスマスソングがさ。しかしどうも、あれを聞くとせわしなくていかんなあ。不景気風が吹き抜ける今年は、なおのこと心が穏やかじゃないね。誰もが人恋しくなるのは、こんな季節の常なのかな。わしもついつい、誰かとお酒が飲みたくなるんじゃ。
 で、先日も昔ながらの友人達と新宿で一杯飲んだんだが、最後に食べた関西風お好み焼きというのがどうもイケてなかったね。関西風らしく店の親父が焼いてくれたのはいいが、具が少ない上にソースもあっさり目。味も量もいまいちで、どうにも満足度が低かったな。わしが以前、大阪で食べたお好み焼きは質量ともにサービス満点で、おまけにこれでもかというほどソースやマヨネーズやかつおぶしが乗っておった。いやー、あれは美味かったね。ただし、熱いヘラを使って食べたので、唇をやけどしちまったけどさ。やっぱり、こういった鉄板焼き系の食べ物は、西の方がアイディアやサービス精神に富んでるようじゃな。

お好み焼きの2大勢力と言えば、関西風と広島風に分かれるのは周知の事実だね。関西風は、最初から小麦粉の生地の中に卵・キャベツ・ネギ・天かすなどを入れてかき混ぜ、鉄板の上に広げたあと豚肉を乗せて焼く。焼けたらこの上に、マヨネーズやソースにかつおぶし・青ノリなどをかけて食べるんじゃ。これが広島風になると、最初に鉄板の上で生地だけをクレープ状に焼く。この上にキャベツ・ネギ・豚肉などをてんこ盛りに乗せ、生地が焼けた頃、一気にひっくり返して具を蒸し焼きにする。これに焼きそばと卵を加えてさらに焼き、ソースや薬味をかけて食べるわけだから、うまくないはずがない。
 どちらも甲乙つけがたい味じゃが、基本は具をたっぷり入れること。安い材料でお腹は一杯、というのが庶民の食べ物・お好み焼きのコンセプト。気取っていてはダメなんじゃね。東京で食べるお好み焼きがどうも今ひとつなのは、どこかに気取りがあるせいかなあ。え、歯に青ノリが付くのがイヤだ? そんなことを言う奴は、アホ〜! 

もともとお好み焼きのルーツは、堺の商人・千利休が茶会の席で出した“麩の焼”という菓子だと言われておる。これは、水で溶いた小麦粉を煎り鍋で薄く焼き、山椒入りの味噌をはさんだクレープ状のものらしい。なんだか香ばしそうじゃが、やっぱり出自は関西だったんだね。この水溶きの小麦粉を鉄板の上で焼いて食べる習慣は、江戸時代末期には庶民の間でも広がったわけ。
 その後、戦前の大阪で一枚一銭で売られていた子供向けの“一銭洋食(洋食焼き)”が、戦後の飢餓の時代に“お好み焼き”と名を変え、大人向けの代用食として市民権を得たんじゃね。なんたってくず野菜に小麦粉と材料が安いうえ、薄っぺらな豚肉を乗せればぜいたく気分も味わえる。油をこってり使うから、とりあえず満腹にもなる。それに、栄養のバランスだって悪くはなさそうだしさ。そう考えれば、これはなかなかスグレモノの食べ物かも知れんよ。いやはや、利休宗匠様のお陰だね。

しかし何と言っても、みんなで鉄板を囲みながら好きな具を焼いて食べるお好み焼きは、家族的な楽しさに満ちておる。目の前で出来上がるのを待ちながらお酒など飲んだら、話も弾むと言うものじゃ。恋人同士でひとつ鉄板を囲めば、彼女の歯に付いた青ノリもアクセサリーに見えるってわけさ。やっぱり、寒い夜にはこいつに限るね。
 日本以外にも、お好み焼きに似た食べ物は世界中にある。韓国のチヂミ、メキシコのタコス、イタリアのピッツァ、インドのチャパティ等々。薄く広げて焼いた小麦粉にいろんな野菜や肉を乗せる食べ方は、手軽で美味しい上に食べ易さも魅力だね。これは万国共通の食の真理なのかもよ。と言うことで、今夜はわしもコタツで豪華にエビ・イカ・ホタテ入り海鮮お好み焼きといくかな。もちろん、猫と差し向かいでな。ちょっとサビシィーッ!