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その61.ああ、丸いメンコに血が騒ぐ(2002.1.14)
◆あ〜あ、お正月に食べ過ぎた餅のせいで、出っ張ったわしのお腹がなかなか引っ込まないね。このままの状態が続くと、パンツのゴムも伸びてしまいそうじゃよ。なに、だから食っちゃ寝はやめろ? しかしなあ、正月気分が抜けそうで抜けないのが、毎年1月の今頃なんだよな。は〜やく来い来い旧正月〜、なんてね。
ところで、初詣に出かけたり近所をブラブラ散歩したりと、自分でも呆れるほど変わりばえのしないわしの正月じゃが、近年、気が付くのは表で遊んでる子供の姿をさっぱり見なくなったことじゃね。凧揚げもコマ回しも、それに竹馬も羽根つきも、きれいさっぱり姿を消したな。子供の声さえ聞こえてこないよ。きっと、少子化で数が少ない上に、テレビゲームなど室内の遊びに熱中してるせいじゃろうな。町の風景としては活気がなく、なんだか寂しいもんだね。これで日本の将来は大丈夫なのかなー?
◆わしの子供の頃は、みんな外で遊ぶのが当たり前じゃった。特に、寒いこの季節はチャンバラやコマ回しなど、体の温まる遊びが多かったね。中でも入れ込んだのがメンコ。丸や四角のメンコを地面に打ち付け、敵のをひっくり返して奪い取る。まことに男の子らしい遊びじゃったな。見た目もきれいで、野球選手にお相撲さん、マンガの主人公にプロレスラー、と極彩色のカードを集めるだけでも胸がときめいたものさ。今から考えれば、著作権も肖像権もあったもんじゃないが、これはこれで当時の路地裏文化のりっぱな生き証人じゃ。
人気があったのはやっぱり力道山、月光仮面、長嶋選手に赤銅鈴之助のメンコじゃ。そうそう白馬童子なんてのもあったね。当時のヒーローがズラリ揃ってるじゃろ。版がずれたりして印刷は悪かったが、そこがまた良かったのよ。大事な奴を敵に取られたりすると、ホント悔しかったね。チクショー、返せ!
◆意外にもメンコ(面子)の歴史は古く、その始まりは江戸時代の「泥メンコ」に遡るんじゃ。型に粘土をつめて抜き取り、できた模様のついたぶ厚いメンコを焼いて固めたのが泥メンコ。地面に円を描きその中にメンコを置いて、遠くから互いにメンコを投げて、重ねたりはじきとばしたりして遊んだのだそうな。明治時代に入ると「鉛メンコ」が登場するね。壊れにくく形もバラエティ豊か。武者絵などきれいに彩色された鉛メンコは、子供たちに大歓迎されたんじゃが、鉛の有害性が問題となり短命に終わったな。
ご存知「紙メンコ」が初登場したのは明治21年のこと。多色刷の美しい紙メンコは、たちまち子供たちの心を捉えたね。軽いから相手のメンコの下にももぐりこむし、風圧でひっくり返したり遠くに飛ばしたり重ねたりと遊び方も多様じゃ。爆発的な人気を博しあっという間に日本中を席巻、昭和に入って黄金期を迎えたと言うわけさ。
◆「ぱっちん」「ぱっち」などとも呼ばれるがメンコじゃが、他にも地方によっていろんな呼び方がありそうだね。わしの子供の頃は「ペチャ」なんて言うとったが、なんだか感じが出とるじゃろ、ペチャッと。しかし、チープで体が温まって子供の独占欲を満足させるメンコも、いつしか、戦後日本の高度経済成長とともに、プラモなど大量生産の玩具に押しのけられ消えていったな。寂しいねえ。まあ、モノのやりとりだから、PTAなんかにも受けが悪かったんだろうけどね。
かくして、今ではメンコは我々オジサン世代の、遠い想い出のアイテムになってしまった。栄枯盛衰世の習いじゃ。だけど、今でもわしはあの印刷のずれた力道山の丸いメンコを見ると、何だかムズムズと血が騒ぐんだよねー。え、強かったのかだって? ああ、見せたかったよキミに、わしの得意技“旋風投げ”を。トウリャーッッ!
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