その72.「まんがの日」は「文化の日」(2002.8.29)
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◆朝晩ちょっぴり涼しくなってきた近頃じゃが、まだまだしつこい残暑が列島の上にでんと居座っておるな。ちょっと油断して外出なんかすると、ぎらり直射日光が照りつけるし、夜は夜で蒸し暑さになかなか寝付けない。お陰で今年の夏のわしの枕元には、読破した本がうずたかく積まれておるよ。いやあ、ずいぶん読んだ。え、どうせマンガだろうって? ど、どうして分かるのよ、キミ…。
しかし、先日の新聞には嬉しいニュースが載っておったな。日本漫画家協会や大手出版社が、11月3日を「まんがの日」に制定したんじゃと。ちばてつや、里中満智子、藤子不二雄Aといった漫画家たちが、記者会見にはズラリ出席したらしい。おお〜、ビッグネームばかりだよ。これは「文化の日」と重なるんじゃが、そこに「マンガは文化だ!」という熱いメッセージを感じるね。もちろん、わしも賛成!
◆なんたって、いまやマンガは日本を代表する文化なのに、世間の見る目はまだまだ冷たい。おまけに偏見に満ちておる。読んでる人間をアホみたいに言う人もいる。よく聞く話じゃが、電車の中でサラリーマンなどがマンガを読んでるのを見て、外国人はびっくりするらしい。日本では大の大人がコミックを読んでいるってね…。しかし、その外国人にわしは言いたい。もう一歩近付いて、読んでいるコミックの中身を子細に眺めてみい、と。たぶん、そのレベルの高さと面白さに、二度びっくりすること間違いなしだってば。
その証拠に、日本のマンガはいま世界中に進出しておる。“ジャパニメーション”と呼ばれる日本製アニメも含めれば、世界を席巻していると言ってもいいじゃろう。「ドラえもん」や「ポケモン」といった幼児向けから、「AKIRA」「甲殻機動隊」などの青年向けまで、驚くほど多士済々。質の高さにバリエーションの豊富さは、世界中の読者を魅了し続けておる。映画や小説などと比べても、すごいよなあホント。
◆元はと言えば、わが国がこんなマンガ大国になったのも、戦後日本に手塚治虫という大天才が登場したから。多感な少年時代に、脂ののりきった手塚マンガとリアルタイムで巡り会えたわしらは、思えば幸せな世代と言えるわな。今でもその頃の「鉄腕アトム」を読むと、絵のうまさとストーリーの面白さにほとほと感心するよ。可愛かったなあ、初期のアトムは。わしがこうして正義の味方でヒューマニストなのは、みんなアトムで学んだこと。おまけに科学知識なんかも、バッチリ身に付いたしさ。
この大天才・手塚の切り開いた道から、やがて続々と彼の後を追う漫画家たちが世の中に飛び出していった。さらには手塚マンガにない表現を求めて、さいとうたかをらが劇画を生み出したんじゃね。良くも悪くも手塚治虫なくしては、現在のわが国のマンガの繁栄はありえんのよ。
◆思えば、わしのマンガ人生も手塚の「鉄腕アトム」でスタートし、貸本屋で見つけた白土三平の「忍者武芸帳」にびっくり仰天、青年期にはつげ義春の「ねじ式」「紅い花」で魂を揺さぶられ、山上たつひこの「喜劇新思想大系」に脳天を砕かれ、大友克洋「童夢」で腰を抜かし、以後は諸星大二郎の怪異ものにハマッておる。これ、まことに順調なマンガ道じゃね。思えば遠くへ来たもんだ。
なに、やっぱり小説の方が上等? それそれ、その活字文化とマンガ文化を比較して上下をつけるやり方こそ、愚の骨頂じゃよ。まるで、ラジオとテレビはどっちが上等?と言うようなもの。要は、質の高いソフト=上等なんじゃ。連続する小さなコマに描き込まれた熟達の絵と洗練されたセリフで、複雑な物語をつむぎ出して見せる職人芸は、まさにわが民族の得意技。日本人のソフト作りの能力の高さを、マンガはみごとに証明しておるね。だからわしは、「まんがの日」を「文化の日」に制定することは大賛成。休日なんだからキミもその日は、朝からマンガを読んでみてはどうかな。え、普段もそうなの…?
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