その75.あ〜あ、今年もそろそろ年賀状か…(2002.11.30)
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◆しかしなあ、気が付いたら今年ももう師走だよ。早いったって、年を取るごとに一年が短くなるね。今年はホントに、12ヶ月もあったのかい? わしは何だか信じられんよ。考えてみれば子供の頃は、一年って長かったよなあ。正月にお年玉をもらってから、次の正月まではずいぶん待ち遠しかったもんじゃ。なんたってあれは子供にとり、貴重な収入源だったからね。あー、誰かわしにお年玉をチョーダイ!
じゃが、この時期になるとそろそろ頭をかすめるのが、年賀状じゃ。郵便局ではもうずいぶん前から、お年玉付きのハガキを売り出しておる。あ〜あ、やだねえ。わしはあの年賀状を書くのが、毎年面倒くさくてたまらんのじゃ。「今年も宜しく御願いします」な〜んて、心にもない殊勝なことをもっともらしく書いて出すのは、なんだか偽善臭くてかなわんよ。あれはホントに虚礼の最たるものだと、わしは思うんじゃがね。え、政府の陰謀? それじゃよ、それ。何たって年賀ハガキの売上げは、莫大じゃからな。
◆まあ、年賀状に良い点があるとすれば、忘れていた友人や親戚と年に一度、旧交を温められるところかな。確かに、懐かしい字で手作り版画の賀状なんかをもらうと、ホッとして嬉しくなったりするね。昔を思い出して、つい電話でもしたくなるってもんじゃ。元気でやってるか〜、なんてさ。反対に、友人だと思っていた奴がパタッと一方的によこさなくなると、寂しいような裏切られたような気分にもなるわな。あいつはこんな奴だったのか、チクショウ、などと恨んだりして…。
中には、毎年のように自分の子供の写真なんかを印刷して、送ってくる奴もおる。これなんぞ、親バカの代表例じゃな。悲しいかな、他にアイディアがないんだろうね。小憎らしそうなよそんちの悪ガキの写真なんか、わし、何の興味もないもんね。なに、キミもそう?…やっぱりなあ。もっともこんな悪ガキも、年々ハガキの中で成長して行くから、わしも年を取るはずじゃよ。
◆ところで、年賀状っていつ時代からあったんじゃろう? 調べてみたら驚いた。年頭のあいさつを書状にして届ける風習は、すでに平安時代からあったんじゃと。きっと、優雅に歌なんか詠んだんだろうな。ももしきや〜、なんてね。もっともこれ、ごく一部の知識階級の話。飛脚制度が発達した江戸時代でも、一部の趣味人の間でやりとりされた程度だったらしい。
なんたって、ハガキで年初のあいさつを送る風習が盛んになったのは、郵便制度が整った明治時代の初期。やっぱりどこか、政府の陰謀のニオイがするな。ただしこの頃は、正月を迎えてから出すのが普通だったらしいよ。12月のうちに受け付けて元旦以降に配達するようになったのは、明治30年代に入ってから。33年には取扱い局も全国に拡大し、逓信省発行の人気絵ハガキを求めて死傷者まで出たというから、こりゃもう異常フィーバーだね。年賀切手が発行されたのは昭和10年。例のお年玉付き年賀ハガキが発売されたのは、昭和24年のことだったそうじゃ。このアイディア、世界でも日本独特のものだというんじゃが、ああ見えて商売人なんだよな〜わが国の政府も。
◆そうはいっても、まるで出さないわけにもいかんのが年賀状。ほっといて、礼儀知らずとか変人とか言われるのもいやだしなあ。え、もう言われてる? よしなさいっての。しょうがないから、ごく親しい友人知人や親類だけには、わしも書いて出しとるよ。ちゃーんと心を込めてな。まあ、大量に出したり貰ったりすればいいってもんじゃあないってこと。
近頃はパソコンやプリンターが一般に普及したせいか、きれいに印刷したものが多くなった。写真の画質もバッチリじゃ。宛名書きまで印刷文字、というのもずいぶん増えたね。だけど、表裏両面が印刷で手書きの部分がまったくない賀状というのも、な〜んか味気ない気がするよ。いかにも大量に作って、お義理で出しましたって感じだもんなあ。ま、血の通った年頭のあいさつにするためにも、どこかに手書きの部分を残しておきたいものじゃね。というわけで、わしもそろそろ年賀ハガキを買わにゃあならん。なに、まだ暑中見舞いが大量に残っとる? じゃあ、それにしとくか…。
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