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その86.日本人は真田幸村が大好き!(2003.11.9)
だけど、どうしちゃったの?と言いたくなる、今年のNHK大河ドラマ「宮本武蔵」だね。歌舞伎界のプリンス・市川新之助を主役に配し、音楽には巨匠エンニオ・モリコーネを迎え、鳴り物入りでスタートしたのはいいがどうも最初から視聴率がいまひとつ。巌流島の決闘以後はさしたる話題もなく、なんだかもう世間から忘れ去られたような印象さえあるな。これじゃ期待はずれと言われてもしょうがない。脚本のせいもあるが、やっぱりあのお通役・米倉涼子の、ミスキャストが響いてるんじゃないのかい。眼の演技が全く出来ない、あんなラグビーのフォワードみたいなお通じゃ、見てる方は感情移入できないって〜の!
 まあ、その辺りの話題作りもあるんじゃろうが、とうとうドラマの中で武蔵と真田幸村がご対面じゃ。う〜ん、この手があったか。ちょっと意外じゃが、でもこれはなかなかのグッドアイディアかも知れんよ。なんたって、あの大坂冬の陣・夏の陣のスーパーヒーロー、真田幸村だもの。昔から日本人に人気のある者どうし、武蔵と幸村の取り合わせは結構いけるかもな。え、真田幸村ってどこの村? キミねえ、サナダムシの卵飲ませるよ!

真田幸村といえばもちろん、大坂城の戦いで大活躍した武将じゃ。長かった戦国時代の掉尾を飾り、花のように散った最後のヒーローでもあるな。
 何と言ってもその戦いぶりは見事じゃったね。冬の陣では、大坂城を十重二十重に囲んだ徳川家康の大軍を相手に、最前線の真田丸という出城で孤軍奮闘。夏の陣では、堀を埋められ裸となった大坂城を出て決死の突撃。味方の軍が次々と崩れる中、真田隊はついに家康をあと一歩のところまで追い込んだ〜、パパンパン。まあ、衆寡敵せず幸村は最後は倒れて死んだが、これは屈強な敵のディフェンダー群をたった一人でドリブル突破し、ゴール目前まで迫ったものの最後に力尽きて息絶えたようなもの。キーパーの家康は、さぞ肝を潰したことじゃろうね。真田隊は鎧を赤で統一した“赤備え”だったというから、今なら浦和レッズみたいなものかなあ。

そんな実在の武将・幸村じゃが、戦い方があまりに水際立っていたためか、昔からよく講談や小説などの主人公にされてきた。池波正太郎の「真田太平記」を始め、いろんな作家たちが作品にしておるね。これ、徳川家康という巨大な権力に対し、知謀のみで真っ向から立ち向かった幸村の生き方が、判官贔屓の日本人の琴線に触れるんじゃろうな。小よく大を制すって奴さ。かつて、金満長嶋ジャイアンツにID野球で一泡吹かせた、野村スワローズみたいなもんじゃ。
 ことに、お馴染みなのが「真田十勇士」だね。十勇士とは幸村の家来で、猿飛佐助に霧隠才蔵といった忍者や、三好清海入道なんて豪傑たちのこと。中でも猿飛佐助は今でも忍者の代名詞じゃ。わしが子供の頃に読んだ、杉浦茂のマンガ「猿飛佐助」は面白かったなあ。佐助を始めとする十勇士が、幸村を助け徳川方を相手に大活躍するストーリーには、胸が躍ったもんじゃよ。もっとも、これらはむろんフィクション。大正時代に大阪で出版された、講談本「立川文庫」で創出された架空のヒーローたちなんじゃ。やっぱり、徳川家康=江戸への大阪人の対抗心が、幸村と十勇士の痛快物語を生んだじゃろうな。ま、阪神ファンの心情に似ておるね。

わしが数年前に旅をした宮城県の白石市は、伊達家の家臣・片倉家の城下町。人影のない駅前ロータリーと、お昼に食べた冷たいうーめんが記憶に残る静かな地方都市じゃが、なんと真田幸村の墓がここにあるとは知らなかったね。調べてみると幸村の子供達1男4女が大坂の戦後、片倉家に秘かに匿われたそうな。後に三女の阿梅は片倉家二代目の後室となり、次男の大八は片倉家に仕えた、というから幸村の血は絶えてなかったんだね。あ〜あ良かった。東北の片田舎(失礼!)に幸村の墓があるのは、そんな縁があったからなんじゃ。
 てなわけで、今でも日本人に愛される真田幸村。今回の大河ドラマでは、二枚目の中村雅俊が演じておる。そりゃなんたって悲劇のヒーローだもの、昔から北大路欣也や草刈正雄など、幸村役は格好いいものと相場が決まっていた。ところが実際は柔和で小男、歯抜けで白髪頭の冴えない中年だった、というからちょっとガックリ。颯爽としたイメージは、後になって大衆が作り上げたものだったんじゃね。まあ人間、見かけよりも中身が大事ってことさ。わしらも自信を持って仕事に励もうよ、なあキミ。