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その98.柿食えば長い歴史の味がする(2004.11.10)
「柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺」なんて子規の句があったけど、いや〜、すっかり秋じゃなあ。なに、そんな月並みな書き出しは面白くない? そういいなさんな、奇をてらわないのがこの日記のいいところなんだからさ。なんか欲得ずくの目立ちたがり屋が多い昨今、たまにはこんな月並みな書き出しを読んで、薄ら笑いするのもええじゃないか。ちなみに、お酒のお酌をしてくれる女性は、十人並み以上に限るけどね。
 そんなわけで近頃のわしは、昔からの友人が先日どっさり送ってきた柿の実を、館長室でせっせと一人、皮をむいて食べるのを日課としておる。むろん、内側からドアに鍵を掛けてな。これ、自宅の庭で取れた実だというから、形は悪いし大きさはまちまちなんじゃが、食べてみるとどれも甘くておいしい。まあ、柿ってこんなにうまかったっけ、というのがこの秋のわしの再発見じゃよ。なにせ柿なんてものはここしばらく、ほとんど口にしてなかったからなあ。もっとも子供の時分は、近所の木になった実を貰ったり拾ったり盗んだりして、しょっちゅう食べたものじゃったがね。

しかし、考えてみれば豊かに実った柿の木ほど、秋の日本の田舎の風景に似合うものはない。山があり田んぼがあり、茅葺き屋根の農家の脇には必ずといっていいほど、たわわに実を付けた大きな柿の木がある。おおかたの日本人の郷愁を誘う構図じゃろう、これ。だからわし、てっきり柿は日本原産の果物だと、長いあいだ思っていたんじゃ。だって、どう見たってあのずんぐりした実の形は、日本人そのものだもんな。
 ところがどっこい豈図らんや、柿の原産地は中国の長江(揚子江)流域だというから、意外じゃないの。奈良時代にわが国にもたらされたといい、平安時代に編纂された「延喜式」には干し柿や熟柿についての記述が見られるそうだから、ま、古いことはそうとう古いんだろうけどね。
 もっとも、それで頷ける話がないでもない。というのは、わしが子供の頃読んだ「西遊記」の中に、柿が登場するからじゃ。これは確か、三蔵法師一行の前に立ちふさがった七絶山の腐った柿の実を、身のたけ百丈あまりの大豚に化けた猪八戒が、ブルドーザーみたいにかき分けて道を造るという話じゃったな。三蔵法師のモデル、玄奘がインドに渡ったのが629年。日本でいえば大化改新のちょっと前あたりじゃが、「西遊記」の中に柿が登場するってことは、それが作り話にしろ、かの国に昔から柿が自生しておったということ。いわれてみれば、やっぱりそうだったかという気がしないでもないなあ、うん。

ところで、行ったことはないんじゃが、名曲「アルハンブラの想い出」で有名な、スペインのアルハンブラ宮殿には、柿の木があることが知られておるね。フランシスコ・ザビエルが持ち帰ったという説もあるが、ウソかまことかは別にして、それが日本から渡ったことだけはどうやら本当らしい。その証拠に、スペインでは柿が普通に食べられていて、その名も現地語で「カキ」と呼ばれておる。そればかりか、ポルトガル語やイタリア語でも「カキ」というらしいよ。どうやら柿は、16世紀頃にポルトガル人によってヨーロッパに渡り、その後アメリカ大陸にも広がったというから、こりゃあビックリじゃね。どうみても日本的で田舎っぽいイメージの柿が、外国でフルーツとして食されているなんて、わしには何だかピンとこないんじゃがな。
 調べてみると、柿の学名は[Diospyros Kaki]。ちゃんとカキという名が付いているところが、すごいじゃないか。意外にこいつ、国際派だったんじゃなあ。これって水木先生の「ゲゲゲの鬼太郎」が、海外でも大人気って話と似たようなもんで、なんだか感動するよな。

そこで素朴な疑問なんじゃが、どうして中国原産の柿が、「カキ」という日本語で海外に広まったのか? な、キミもそう思うじゃろう。それは、中国にもともとあった柿は渋柿でな、それが日本人の手で品種改良され、甘柿が作られたという理由からなんじゃと。つまり、あの甘い柿は日本生まれで、それがフルーツとして海外にも広まったというわけさ。きっとあのザビエルも、柿の甘さに舌鼓を打ったことじゃろうて。舶来品を換骨奪胎して、たちまち優れたオリジナルを作ってしまう日本人の得意技は、昔からちっとも変わらないんじゃね。
 てなわけで、秋の薄ぼんやりした一日、キミも柿の実をむいて静かに食してみてはどうかな。そこには、柿が歩んできた長〜い歴史の味が、隠されてるかも知れんよ。おまけに豊富なビタミンCやカロチン、タンニンなどが中に含まれており、体にも良さそうだしな。え、皮をむくのが面倒だ? 大丈夫、キミのツラの皮ほど厚くはないから。