日本初のストーブが作られたのは、江戸末期の北海道でした。蝦夷地と呼ばれたそこは極寒の地。本土から渡った人々は冬の寒さに耐えられず、「水腫病」と言われる奇病にかかり死ぬ者も少なくなかったとか。そこで安政3年(1856)、箱館奉行は2人の役人を港に碇泊中のイギリス船に訪ねさせ、クワヒル(kachel・オランダ語、石炭ストーブの意)の実物をスケッチさせて、これを箱館の鋳物職人と瓦師に製作させました。ちなみに、この頃はストーブ(stove・英語)と呼ばずクワヒルと呼んだそうです。
 出来上がったクワヒルは、床の上に台石を置き、その上に直径50cm強・厚さ1cmの台を据え付けて、高さ40cm・直径50cm弱・厚さ0.5cmの胴をのせ、椀形の蓋をかぶせたもの。これに、土管を繋ぎ合わせた長さ2m弱の煙突が付いていました。3月にスケッチし8月にはこのクワヒルの使用上の通達が出ているので、かなり急いで作らせたようです。極寒対策は急務だったんですね。
明治になると、輸入もののストーブが一般にも普及し始めます。俗称を「ヘヤヌクメ(部屋温め)」とも言いました。もっとも、英語のストーブも元は「暖められた部屋」という意味ですから、案外、的を射た命名と言えるでしょう。
 明治9年(1876)、東京日日新聞に国産ストーブ第一号の宣伝記事が掲載されています。この頃からわが国のストーブ作りの歴史が、本格的にスタートしたんですね。当時の鋳物型石炭ストーブはダルマ、ズンドウなどと呼ばれ、給炭するときに粉塵が舞い上がるなどの欠点がありました。大正8年(1919)に貯炭式のドイツ製・ユンケルストーブが発売されると、わが国でもそれに習って開発が進み、多くの貯炭式ストーブが生まれました。クリーンで放熱効果の高いこの型の出現が、ストーブの一般住宅への普及を進めたのです。
石油ストーブも明治時代から使われ、国内でも生産されましたが、当時はまだまだ贅沢品。第2次世界大戦後に石油統制が撤廃されると、わが国でも火力の強い石油ストーブが注目されるようになりました。着火が容易で燃料の価格も安い石油ストーブはその後、急速に普及し、現在ではストーブの王座に着いています。
 電気ストーブは電気抵抗の熱を利用するもので、取扱いも簡便ですが、電気エネルギーを熱として用いる点では効率が悪く、住宅の各室暖房用には不向きです。ただし二酸化炭素などの排出はなく、地球環境にはやさしいでしょう。
 ガスストーブが市販されたのは昭和40年になってから。当初のガスは石炭ガスでしたが、その後プロパンや都市ガスが一般化しました。熱効率は100%に近く、燃料供給の心配のいらないガスストーブは、排ガスも石油よりはクリーンで利便性は高いのですが、爆発・中毒といったガスの危険性や料金の高さが、難点と言えましょう。