どんどんどん。佐藤商店の雨戸を誰かが激しく叩いたのは、明治41年12月2日の早朝のこと。
「行火を商っている佐藤松市は、お前か」
潜り戸の前に立っていたのは、怖い顔をした2人の巡査でした。松市は訳も分からぬまま、入谷の警察署へ連行されます。引き立てられた理由は、前夜、向島の一軒の民家で起きた火災の、出火原因を調べるためでした。「新生」がその火元ではないか、と言うのです。松市は青くなりました。もしそれが事実なら、大変な罪を犯してしまったことになるのです。
「粗悪な不良品の行火を販売し、他人の財産を焼失させるとは、とんでもない奴だ」
それは調べと言うより断定に近いものでした。もう二度と商売は出来ない。松市は覚悟しました。
彼の無実が証明され釈放されたのは、その2日後のことでした。同じ日に捕まった泥棒が、民家への放火を自供したのです。とんだ濡れ衣を着せられた「新生」でしたが、これを機会に松市は、ストーブ作りの方へ本腰を入れて行くのです。